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「飛空士諸君、今夜はよく来てくれた」
声が響いた。
十九時を、少し過ぎた頃。
空中都市の最上層部、『政庁区』と呼ばれるエリアに位置する、伯爵公邸。
ふだんは一般の市民などは近づくことも許されぬ、警備厳重なる制限地区であるが。
今夜に限り、ここの地区のゲートが外にむかって解放され――
押し寄せた大勢の人間達に混じって、ザークもここに、初めて足を踏み入れた。集まった飛空士の数は、総数で四百を少し超えている。巨大な石の建築物であるその、城と言ってもよいであろう、巨大な館の一階ホールに、その全員が結集した。ザークの予想に反して、建物内の装飾は、きわめて簡素なものだった。どちらかと言うとそれは、貴族の邸内というよりも、籠城戦を想定した無骨な古城の一角と言うほうが相応しい。
「当初の契約どおりに、気持ちよく飛ばせてやることができず、申し訳なく思う。が、そこはこの非常時だ。そこをわかって、どうか許して欲しい」
しんと静まり返った、炎の明かりがともされた石のホールに、その、少し気だるい、ややハスキーな声が響いた。
おい、あれ、ほんとに伯爵の声なのか? しかしあれは――
小さなささやきが、波のように、ホールの中にこだまする。
ザークも少し、意外に思った。本当か? と。少し耳を疑いもした。
なぜならその声は、予想以上に若い。
また、若いだけでなく、明らかにそれは――
男性の声では、なかったからだ。おそらく間違いなく、女性の。
ホールの前方に、そこだけ高く張りだした二階の通路部分、
そこに今、ひとりの人物が立った。
黒の、ローブを着ている。頭には、同じく黒のフード。
口元の部分だけが白く見えており、鼻より上は、フードの影になり、よく見えない。
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