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「わたしがクルロワ辺境伯―― セロ・サキンスカ・ジノ・サスカースカヴァだ。まあ、なにぶん長いので、セロと。呼んでくれればよい。なに。今は貴族ということにはなっている。が、もともとの出自はとても低い。とくに敬称をもって称されるような柄ではない。だから遠慮はするな。今後はセロでよい」
その人物が、やや、息のかかった、それほど熱意も感じられない、低い声で―― あくまで女声としては、低めの声、ということだが―― よどみなく、言葉を投げた。
ホールに集った飛空士たちが、おたがい、顔を見合わせる。
じっさいザークも、多少はやはり、おどろいていた。自分の出自が低い、などと平然と語る貴族は、これまで聞いたこともない。自分の左側に立つリーエヒルデに、ちらりと視線を投げた。が、リーエヒルデの方は、いま、ホール前方の高い位置から語りかえるその黒いフードの人物に、じっとその視線を固定している。心なしか、ふだんよりも、その表情が硬い、あるいは厳しいと。ザークはそのような印象をうけた。
「今夜諸君に集まってもらったのは、他でもない。諸君らにしか成しえない、ひとつの使命を。皆にここで、伝えなければならないからだ。使命と。いま、わたしは言った。職務、と、あえて言わないのは、これは強制ではないからだ。どちらかというと、要請。あるいは懇願と。言いかえても、それほど差支えはない。諸君らに、やや、高い場所からで申し訳なく思うが―― ひとつ、おりいって頼みたい。これはわたし個人からの真剣な依頼でもあり、同時に、また、全イウレアの惑星民からの。共通の切実な願いでもあると。そのように言っても、まあ、大きくは、嘘にはなるまい」
そう言って、その人物は、なぜか少し、笑ったようだ。その口元が、わずかにほころんだ。それはあまり、良い感じのする笑みでもなかったが―― かといって、特別に邪悪な、悪しき笑みと、言うほどのものでもない。ただ少し、疲れたような。何かを諦めたような。
「諸君もすでに知るところとなっているが、問題となるのは、つまり星だ。エルグだ。あの、急接近中の、忌々しい巨星だ。あれを、わたしは何とかしたい。わたしは、ではない。この惑星中の多くの者が、何かをしたいと考えている。なにしろ今、我らは滅びの瀬戸際にある。あと、七日だ。あれがここに落ちるまで。それだけしか、我らに時間は残されていない」
――七日?
――いま、七日と言ったか?
――どういうことだ?
ホールの中がざわめいた。
集まった者たちが、図りかねるように、互いに顔を見合わせる。
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