白銀のツバメは、ただ北を指して飛ぶ

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「それは確かに、無謀な賭け、かもしれぬ。なにしろ惑星軌道そのものが影響を受ける。そのレベルの熱源である。あるいは爆発と。言えば、もっと簡単か。それは極北の気象を大きく改変し、数十年来、気候はもとには、戻らぬかもしれぬ。あるいは、この惑星の自転速度も。悪くすれば、公転速度やその軌道にすら―― 何らかの影響を。いや、おそらくは、甚大なる影響を。与えることは、不可避であると。そこは正直に言おう。だからこれは賭けなのだ。しかもかなり、分が悪い賭けでもある。あまりにも、そこには不確定な要素が多すぎるのだ。しかし万にひとつ、われらが賭けに勝った場合。その場合には――」 「この星は、遊星エルグとの衝突を目前にして。その軌道を、急激に変える」 「これにより、来たるべき七日後の破滅を。われらの星は、未然に回避する」 「以上だ。それ以上の何かはない。今言った、仮定の上に仮定を重ねた、きわめて脆弱な、やや無謀とも言える大きな賭けである。しかし残念ながら。この賭け以外、我らが賭けを打つことのできる、そのほかのいかなる賭けも、手段も、可能性も――」 「もうここには、ないのだ。それが事実だ」 「だからわたしは、そこに、今、持てるすべてを、今、賭けてみようと。そう思う。」 「わたし自身―― そしてわたし以外の、二百四十六の諸国から結集した連合空軍の、総数二万を越える飛行部隊――」 「そのすべてが。そろって四日後、賭けをうつ。」 「惑星最初にして、悪くすれば、最後の。大きな賭けだ。おそろしく無謀、かつ、悲壮な、だな。なにしろこれ以外に、本当にもう、ないのだよ。わたしたちには。われらに残された、いかなる選択肢も、希望も―― もう何も―― 今、ここに至っては――」  女は少し声を落とし――   それからなぜか、むしろ、笑った。  それは、悲しい笑みだったと。言えなくもなかっただろう、が、  ザークの目には、それは。  美しい笑みだと。高貴な笑みだと。思えた。  そこにはたしかに、何かがあった。3割ほどの、諦めと。  そして2割の、あれは―― 自嘲、だろうか。  しかしあとの5割を占める、その――  とても純粋な。そしてとても熱量が高いが―― それを決して表には出さない、  しかしそこに凛としてある、とても確かな、純粋な、何か――  ザークはその何かに、しばし、魅入られた。  たしかに見とれてしまったと。それが実際、正直なところであった。  まるで時間が、止まったようだ。誰もひとことも、話さなかった。
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