白銀のツバメは、ただ北を指して飛ぶ

5/82
前へ
/82ページ
次へ
 魔法砲手、とは、あまり一般に使われる言葉ではなく、特にここ、極北の空中都市クルロワに限って、しかも最近になって、使われ出した新語である。  今現在、ワイアット・ヒートに参加する飛空艇には、最小限の機械火力しか搭載されない。理由は単純で、重さを嫌うからだ。  少しでも機体を軽くしたい。それで少しでも距離を稼ぎたい。  その単純な論理で、機体からはできる限りの異物、不要物を排除する。  機体の設計にあたっての基本コンセプトがそれであったため、機上で場所と重量を多く占める機械砲の類は、「異物」の範疇として極力排除する流れが自然にそこに出来ていた。  ただし、その弊害が、やはりある。  竜を相手に、戦う術がないことだ。  北に飛ぶに従って遭遇する確率が上昇する、その恐るべき竜族を相手に――  まったく何の火力もなしに、ただ無防備に対面する。それはやはり、愚かな自殺行為に違いない。火力を持たぬ機体だからと、温情をかけて見逃してくれるほどには、もちろん竜たちは、人間に対して情け深くはなかったのである。  距離を稼ぐことだけに特化した初期の飛空艇の多くが、もう二度とこちらには戻らなかった、その苦い経験。そして逆にまた、銃砲を満載して対竜戦闘の意気込みに満ち満ちて北の空へとのぼった機体の多くが、竜たちが棲まう場所、そのはるか手前の地点で燃料の問題から航続を断念して戻らざるを得ないという、あまりにも無様な結果を、数多く積み重ねた結果――  そこでその欠陥を補うために広く採用されるようになったのが、魔法砲手、なのである。  これは何かと言えば、じつはこれも簡単な話で、  機械砲ではなく、魔法の砲を。  つまり、破壊的な魔法力をもった人間をひとりふたり搭乗させればよい、という。  そのようなシンプルな発想であった。  積むのは操縦士と、ひとり、あるいはふたりの魔法砲手。  その重量など、たかだか知れている。重量で言えば機械砲の何十分の一以下だ。  が、しかし、  それなりに力を持った破壊魔法の使い手であれば、その火力は必要十分。  竜たちを殲滅はできないまでも、威嚇し、機体を防御する程度の火力にはなる。  そこで近頃、というか、正確に言うとこの二年半ほど――  ワイアット・ヒートの胴元―― もう少し品のある言葉であれば興行主、とでもいうべきか。とにかく、競技を主催する辺境伯は、しきりに各地から魔法使いを募集、雇ってはすぐに、競技に参加する飛空艇クルーへと組み入れる―― というのがトレンド化していた。じっさい初期には(と言っても、ほんの数年前のことだが)機械砲搭載の重量級の飛空挺も北の空を多数飛んでいたのだ。だがここ二年に限って言えば、数の上では、魔法砲手を乗せた軽い機体が圧倒している。また実際、もっとも深く距離をかせいで北のその地への侵入に成功しつつあるのは、何と言ってもそれらの軽量機種であった。そしてそこには、魔法砲手が必ずひとりは搭乗する。  実際、男も―― ザークも、気のしれた相棒の魔法砲手と、ここ二年、共に極北の空を飛行してきた。その砲手はなかなかの使い手で、何度も訪れた竜との遭遇戦をそのつど魔法の火力で切り抜けて――― いや。この話は長くなるので今ここでは省略する。話の本筋には、必ずしも深くは関わっていないからだ。機会があれば後日語ろう。  まあとにかく。それが魔法砲手というものの、成り立ちのすべてだ。
/82ページ

最初のコメントを投稿しよう!

28人が本棚に入れています
本棚に追加