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これは、イドニア恒星系第六惑星イウレアに関する、史実に基づく物語である。
1
世界の果てが見たい。いつもそこを見ようとしていた。
男はそうやって生きてきた。もっと先を。もっと先まで。
ナバラの機械空軍に入ったのもそれが理由。そこならもっと遠くまで。
まだ誰も見たことのない、遠い果ての景色をこの目で見られるのでは――
けれどもその思いはかなえられることはなかった。ナバラでの毎日は、ひたすらに待機の繰り返し。たまに飛ぶかと思ったら、近くの国境の小競り合いの支援。そしてそこで町を焼く。とくに理由は知らされない。焼けと言われる。壊せと言われる。だから焼く。ただ、壊す。そして、それを防ごうと雲の上の戦場に雲霞のように群らがってくる敵の編隊を、落とす。さらに落とす。殲滅する。それがナバラでの生活。そこでは果てを見るどころか、すぐ近くの景色さえ、まともに見させてはくれない。
七年が過ぎ、男は退屈していた。見るものすべてに失望を感じた。そのとき降ってわいたようにやってきた転属の話に飛びついたのは、要するに、退屈だったからだ。
北極圏の空に浮かぶ二百万都市クルロワ、その都市を統べる、「クルロワ辺境伯」の私兵にならないか。そこなら遠くまで飛ばせてくれるぞ。
そういう、怪しい話だった。
まずもって辺境伯そのものが大変に怪しい、評判の不確かな人物であるところに、また、その、転職の話というのが、
はやい話が、ギャンブルの片棒をかつぐという。そういう誘いだった。
平和な極北の安定した日々に倦み、暇を持て余したその若き伯爵は、氷に覆われたギズワールの山々から採れる、持て余すほどに眩しい良質な金鉱石から得た溢れる収益を、その『ワイアット・ヒート』と呼ばれる飛空艇を使った余興に、湯水のように注いでいる。
そういう話だった。
ワイアット・ヒート。
飛空艇乗りなら、誰もが一度は聞いた言葉だろう。
なんでも極北には、北極圏のさらに北、マギド・ゴアと呼ばれる氷の大陸がどこまでも広がっており、そのさらに北―― 閉ざされた氷の大地のまだその先に、「ギドの奈落」と呼ばれる徒方もない谷がある。それを超えた者には、金、六億ガルー。それが報奨だと言う。六億ガルーだ。十人のふしだらな大家族が一生使い続けても使い尽くせない、とんでもない金額であることは確かだ。
それを、本気でただで差し出すと言うのだ。
ただし条件はふたつ。
まずひとつ。ギドの奈落を超えろ。
それがひとつめ。
そしてふたつ。
奈落を越え、その地に達した真の証として――
『ゾンデ』と呼ばれる小箱を投下せよ、と。それがふたつめ。
『ゾンデ』を、その地に投じよ。ギドの奈落のその彼方の地に。
伝承のみが伝える、その未踏の大地に、その箱を空から投げ落とせ。
以上。
それが勝利の条件だという。
まったく奇妙な条件だ。そこにいかなる、主催者側への利益が生じるのか――
誰にもそれはわらなかった。まあしかし、ともかく。
その餌に喰いついて、世界中からやってきたろくでもないヤクザな飛空艇乗りの男たちが、日々、その奈落を超えようと、極北の空で競い合っている。いくつもの飛空艇ギルドが、そこで日々、せめぎ合い、奈落越えの一番を獲得しようと、ろくに命も省みず、ただ、ひたすらに、北を目指して、飛び続けて。そして得られる、その、スリルと―― その、金を。六億の金を、とにかくこの腕で、かき抱きたい。
そしてまたそれを対象に、北の男たちが、賭けをする。
おれはヒッチワークのギルドの誰誰だ。
いや、おれはそれより、ウィルバの組に入った、あの向こう見ずな新人に賭ける――
まあ、そういう、それは要するに、よくある、古典的なギャンブルの話であった。
誰が、一番に奈落を制するのか。あるいは誰が、最長距離を記録するのか。
それを言い当てて、賭けようと。そういう単純な娯楽ではあった。
だがしかし、単純なだけに、それは余計にたちが悪い。
なぜならそこに、純粋な夢をよそおった神話が生まれる。
北に行け。北だ。そこで人生を変える、大きな賭けが待っている。
その神話に惹かれて、どれほどの男が、いや、女もだが――
どれほどの者が、北へと流れて、そしてそのまま、戻らなかったことか。
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