90人が本棚に入れています
本棚に追加
episode 1
深い森林の中。もつれる足で転がりながら走る。捕まったら最後だ。自分の行く末は目に見えている。
ざざあっ、風を切る音が後ろへと流れていったのを機に、ニルヴァは後ろを大きく振り返った。
履いていた金糸のサンダルはとうの昔に脱げ、途中から裸足になった足裏が、小石や枝を踏みつける。そしてその度に激痛が走り、顔をしかめた。
息が上がる。脈打つ心臓。息苦しさを我慢しながら足を前へ前へと出した。時折、真正面から吹く風で、目深に被っているフードが飛ばされそうになる。
ニルヴァは振り返る。その度に左手でフードを押さえた。人とは異なる自分の髪と瞳の色。自分のように青い瞳と銀髪を持つ人種の住む国が、この広い世界のどこかにはあるのかも知れない。
ただそんな都合の良い国は、自国の周辺にもないし、風の噂などでも聞いたことはない。
「ちょっと待てよっ! 子猫ちゃん、俺らと遊ぼうぜー」
「おら、逃げんなよっ!」
森のあちこちから怒号か、もしくは猫なで声の類を含む声が上がる。
「俺らと楽しもうぜ」
ニルヴァは、ねっとりと絡みついてくるその声のひとつをも耳に入れないようにと、再びフードを手で押さえた。前を向いてさらに駆ける。足元の木の根や背の低い草草に足を取られ、よろけながらも必死で走った。
だが、声の主たちは諦めることなく、追ってくる。女の足では男たちのそれには敵わない。男が三人、その姿を現した。
「おいっ、待てって言ってるだろっ」
怒声に男たちの荒い息遣いが混じる。
だが、走り逃げまどうのに必死なニルヴァには、男たちの中の一人が、この地方には珍しい、燃えるような赤毛を持つ男であることに、気付く余裕はない。
それほどに、無我夢中で森の中を走っていた。
(このままでは追いつかれてしまう)
次第に苦しくなる息。緩慢になっていく両足の動き。助けてと大声で叫び出したい気持ちになった。
✳︎✳︎✳︎
最初のコメントを投稿しよう!