24人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
第百夜 加藤佳乃
まことにおつかれさまで御座います。
百日百度の願掛けも、今宵が最後となりまする。立花兄妹の失われた時を取り戻すことができたかどうか、それは来たるべき時にお任せしましょう。
鬼の語りは儚きもの。次に眠り、目覚めた時には、貴方もすべてを忘れてしまうのです。
おや、姉夫婦の声、また愛しき伴侶の声が聞こえています。早く来いと呼んでおるようです。では、今宵を最後に逝くと致しましょう。この時を千年待ったのですから。
では、みなさま、いずれお会いする日まで。しばしの別れで御座います。
懐かしき語りが本当に起こるかどうか、起こったかどうか。それはご自身の目で確かめられたし。最期の語りは加藤佳乃より。
……貴方の名前は、佳乃。
こぽこぽと沈むセカイに力強い声が響く。わたくしはまだ外のセカイを知らずにいた。喜びも悲しみも、なにひとつ知ることなく線香花火のように儚く散ってしまった。
それでも名付けを受けた魂は同じでありながら違い、異なりながら変わらぬものとして時を漂い、ある時は式神として、またある時は幽霊として、またある時は鬼として、またある時は人の子としてセカイを知った。
こぽこぽと沈むセカイに何人ものあたたかな手が伸ばされる。その手を握り返そうにも伸ばすべき手がなく、永遠に流れ去るように思えた。けれど、髪を撫でられるたびに、絡んでもつれた言葉がほどけていく。
あの時のことはよく覚えています。
暗い海の底のような闇に埋もれたわたくしを、誰かが呼んだのです。それは父であったような、母であったような、あるいは立花浩二こと温州蜜柑か、かさねか、わたりか、あるいは、くずか。
誰であれ、わたくしは名を呼ばれることで目を覚ましました。他の誰かがいて初めて意味をなす。それが名前です。
いまなら誇りを持って言えます。
わたくしの名は佳乃、加藤佳乃です。願わくは、誰しもが己の名を慈しまんことを。
最初のコメントを投稿しよう!