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第十五夜 御船秀利
蒸し暑い日が続きますが、身体は大丈夫ですか。夜毎の三社詣も、こう暑くては大変でしょう。
残念ながら赤福氷のような物もなく、なんのお持てなしもできぬが申し訳ない。なにか甘い物でもと思いますが、こちらの物を食しては戻れなくなりますので。
せめて、よく冷えた神水をお飲みあれ。その間に、温州蜜柑の皮袋にファスナーをつけておきます。今宵の語り手は御船秀利殿。御船龍樹嬢と悠里の父にして、御船利政校長の長男です。なにやら慌てたような声ですが。
……ない、ないぞ!
代々伝えられてきた外法箱がない。馬鹿な。厳重に土蔵に仕舞い込んであったというのに。外道丸の面布を塗りこめ、非業の死を遂げた術士の骨片を納めたもの。
人を呪わば穴ふたつ。
呪われる者は言うまでもなく、呪う者にも不幸をもたらす外法の箱だ。ただ教訓として封じられてあったものを、誰が持ち出したのだ。
なに? 家人以外の者の姿を見たというのか。なぜそれを早く言わん。着流し姿の若い男か。狐面らしきもので顔を隠しておったのだな。そうか、ちょうど御霊会の頃か。堂々として客人と思っただと。馬鹿者! あの箱は鬼を喚ぶのだ。外へ出してはならん。探せ、探すのだ。どこをだと? 知らん! とにかく探すのだ。いや、待て。秘密裏に探すのだぞ。
御船家の土蔵より呪物が盗まれたなど、拭い難い恥よ。決して外に知られてはならん。龍樹や悠里にも言うでないぞ。悪しき事が起こる前に、早急に探し出せ。
行ったか、馬鹿者どもめ。
気の抜けた家風ゆえに斯様な不始末が起きるのだ。引き締めねばならん。しかし、狐面の男か。心水教の手の者にそんな輩がいるとも聞くが、まさかな。
他に盗られた物もなく、金もそのままだ。まっすぐ外法箱だけを盗み出しているあたり、ただの物取りではないな。くそ、わしの代でこんな……。外法箱に納められた骨の持ち主は遠い先祖と伝えられる。願わくは、蘆毛の駒に乗りて帰り来たらんことを。
鬼を使役するに長けた術士であったと聞く。まさか自らが外法箱に祀られることになるとは思いもしなかったであろう。
御霊が怨霊となるは子孫の科か。生者も死者も等しく虚しきもの。祇園精舎の鐘の聲、諸行無常の響あり。平家物語を思い出すわ。
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