第四夜 高島早希

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第四夜 高島早希

 さて、鬼が出てまいりましたね。  時の移ろいとともに大きく意味を変えてきた言葉ですから、果たして何を指すのか一概(いちがい)には申し上げられません。  ある意味では私も、その箱の中のぺちゃんこも、鬼と言えば鬼と言えましょう。貴方(あなた)もですよ? 斯様(かよう)(くら)き場所へ夜な夜な通い、天地(あめつち)(ことわり)を曲げて皮袋を黄泉(よみ)がえらせようというのですからね。いやはや、恐ろしいこと。人の望みといい、願いといい、欲望こそが鬼そのもの。  生あるものは、欲望の塊なのです。  名坂警部補が見た鬼と、立花浩二が見た鬼と、別の鬼か同じ鬼か。それは、高島早希に語ってもらいましょうか。 ……まだ早い。夫はそう言って渋っていたが、私は浩二と久美に、あれの世話をさせることにした。あれの名前はまだない。あれと呼び、鬼と呼び、鬼の娘と呼ぶもいいだろう。  少なくとも人の食べるものを食べ、ひとことでも言葉を取り戻したら、あれの名前を返してやるとしよう。名坂警部補があれを連れてきて、もう半年は過ぎたが、その間、あれは一言も喋らず、ただ人の形をした唸る獣でしかなかった。生肉しか食わず、風呂にも入らず、服もまとわず、昔であれば、山犬として狩られるか、人狼(じんろう)として(さら)されるかのどちらかであったろう。いまの世であれば、このように閉じ込め、()を与え、隠して養うほか生かす道はない。  これが、あれの受けた呪いなのか。  鬼は人より生まれ人に()す。あれを呪った鬼は何処(どこ)で、何故(なにゆえ)に生まれたのか。わからぬことばかりだ。十七年前の出来事が発端(ほったん)なのだとしても、あれが狙われる由縁(ゆえん)がわからない。人として生まれた先まで追って呪おうなど、その妄執(もうしゅう)は、まるで、まるで、我欲(がよく)にまみれた()き出しの愛のようだ。  人も己も傷つける想いは鬼を生む。  あれを囲っていた鬼は消滅した。しかし、夫の言うように、それと入れ代わりに現れた新たな鬼は、より一層に危険なものだ。この学び舎の結界をもってしても、いつまでも隠しおおせるものではない。  どこに潜んでいるかわからず、もし見つかれば、ろくな結末にはならない。その前に、浩二とあれには、(あらが)えるだけの力を蓄えさせてやらねば。  あれは五歳までは人の子として人の心で育てられた。まずは思い出させてやらなければ。自らが人であることを。鬼と呼ばれ、その力を有していようと、心ある人の子であることを。
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