第四十夜 山崎十和子

1/1
前へ
/100ページ
次へ

第四十夜 山崎十和子

 加藤寿史に頼まれて一緒に向かった息子夫婦の家で何があったか。応答がなく、窓を破って入ったところが血まみれの……。第二夜で名坂警部補が語った話です。  佳乃を殺そうとする鬼と、護ろうとする父母の思いの(せめ)ぎ合い。それが生んだ結末なのかもしれません。  なにやら様子のおかしな御船龍樹のことも気になりますが、いまは加藤佳乃の話から。鬼の娘として引き取られた先、記憶を取り戻した佳乃がどうしているのか。(まな)()の保健の先生、山崎十和子(やまざき とわこ)の話を聞いてみると致しましょう。 ……あらぁ、また来たのね。  いいのよ。佳乃ちゃん、可愛いから。なでなでしてあげましょうね。うふふ、そんなに照れなくてもいいじゃない。  それで? 今日はどうしたの。また(まかな)いが口に合わなかったのかしら。そう、お肉が出たのね。別メニューにしてもらえるようにお願いしておきましょうか。  そのままで良いのです、って、そんなに遠慮しなくていいのに。食べられないなら、別の物にすればいいわ。  食べられないわけではない? むしろ好きなのね。それがどうして。すごく美味しく思う自分が怖い、あの頃に戻ってしまいそうで。そう言うのね。うふふ、大丈夫、もう鬼の娘に戻ることはないわ。  心が死んだまま生きていたと言うのね。いいえ、それは間違いよ。どれだけ踏みにじられ、(なじ)られ、痛めつけられようと、心が死ぬことはないの。だから、つらい。  でも、思い出して。たとえ、食事が血の滴る生肉であれ、あなたの両親はあなたを生かそうとしていたのよ。それはとても凄いこと。  校長や高島先生から話は聞いたでしょう。あなたの両親は鬼に憑かれ、内側から喰われてしまった。本来なら、そのままあなたを殺すはずだったのに、そうはならなかった。  喰われたはずの二人の思いが、あなたを護り、戸隠(とがくし)の鬼よりの力に目覚めるまで生き延びさせてくれたに違いない。  震えているわね。どうしたの? 泣かなくっていいのよ。自分が殺したと思っているのね。あの日、なにが起きたのか。はっきりとわかる人はいないわ。中身のない慰めの言葉すらあげられなくて悲しいけれど。  わたくしも鬼なのですと、そう言うのね。  いいえ、そう思う時点で、あなたは鬼なんかじゃない。本当の鬼は、自分が鬼であると思いもしないのだから。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

24人が本棚に入れています
本棚に追加