第四十三夜 猫柳理奈

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第四十三夜 猫柳理奈

 まつくろけの猫が二疋(にひき)、  なやましいよるの家根(やね)のうへで、  ぴんとたてた尻尾(しっぽ)のさきから、  糸のやうなみかづきがかすんでゐる。  『おわあ、こんばんは』  『おわあ、こんばんは』  『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』  『おわああ、ここの家の主人は病気です』  萩原朔太郎(はぎわら さくたろう)の詩集「月に吠える」より。私が一番好きな詩です。なんとも言えない寂しさと不幸と優しさを感じます。  一般にペットとして飼われる猫の先祖は十万年以上前に(さかのぼ)り、砂漠のリビアヤマネコが元であるそうです。農業が盛んになり、穀物を(ねずみ)から守る必要が出てきた。そのために人に飼われるようになったと聞きます。漢字でも獣偏に(なえ)と書きますね。  ことほど左様に穀物と関わりのある獣であって、果ては穀物の精霊、大地の恵みの象徴とされたことがこの小さな獣の不幸でもありました。猫焼きやら猫投げやら、散々なもの。  時と場所と人によって、猫は不運を招くとされたり、幸運を招くとされたり。日本でも年経た猫は化けると言われながら、一方で福招きともされるわけです。  おや、失礼。余計なことをペラペラと。さて、猫と云えば、短く伸ばした黒髪と白い肌が印象的なこの女性、今宵(こよい)の語り手は猫柳理奈(ねこやなぎ りな)で御座います。 ……んはぁ、猫、猫、猫でいっぱい。  おかげ横丁のあちこちに招き猫が飾られてる。オーソドックスな焼き物から、キーホルダー、ぬいぐるみまで。来て良かったぁ。夫の将吾と黒猫のジジと一緒に、ちょっと遠いけど無理して遊びにきた甲斐(かい)があるってものだよ。  ジジも珍しく離れて行っちゃった。いっぱいの猫に興奮してるのかもしれないなあ。  もうおじいちゃん猫だけど、しっかりしてるから心配ない。そうそう、私よりしっかりしてるから。って、将吾! もう、馬鹿にしてるでしょ? あはは、怒ってないよ。だって、こんなにたくさんの可愛い猫ちゃんに囲まれてるんだから。ほら、学生さんたちもデート中かな。  中学生くらいの男の子と女の子。元気そうな女の子に振り回されてる感じだね。それから、あの子たちは高校生くらいかな。着物デートなんて素敵じゃない。あれ、あの青地に稲妻柄(いなづまがら)の着物は、あれは佳乃(よしの)が好きだった柄じゃないかしら。ちょっと気になるわ。  ええ、方向も同じだし、少しついていってみましょう。って、どうしたのかしら。着物の女の子、急に走り出して。は、早い! こんな人混みを、なんの邪魔もないみたいに。  ほら、将吾、追っかけてよ。なんでって、気になるじゃない。それだけ。ほらほら、早く。私? 私はむり。だって走るの嫌いだもん。
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