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第四十七夜 大田まさえ
お忘れかも知れませんが、温州蜜柑の依代たる皮袋も形をなしてきました。どうでしょう、ちょうど道程の中ほどかしら。
必ず仕上げてみせます。
ふふ、これも言挙げにあたるのかどうか。いまや言挙げせぬ国ではなくなり、汚れた言葉、尖った言葉、毒のある言葉が溢れています。
ある意味では、いまほど言葉が力をもつ時代はない。悪い言葉、強烈な言葉が人を狂わせる。貴方も感じているはず。良き言葉は失せ、見せかけだけの言葉が垂れ流され、世の中は少しずつ狂い始めている。もはや、抗うことはできない。
言祝ぎの力を失った舌が発する呪詛は、しかし、助けを求めるものかもしれません。
霧立律子につかまって語らされているのは大田まさえです。御船龍樹の片面的親友、大田さかえの妹にして、中等部在籍の少女の話より。
……リッちゃんどうしたの?
え、姉ちゃんのこと。って、ああ、龍樹先輩の絡みね。それがさ、知ってると思うけど、姉ちゃん、いま入院してんのよ。
あれ、知らなかったっけ?
まあたいしたケガじゃないんだけどさ。交通事故で頭打って検査入院だって。二、三日で退院できるって言ってたかな。
でさ、その事故自体はどうこうないんだけど、ちょっと嫌なことがあったんだ。龍樹先輩って、ちょっとアレなとこあんじゃん。そうそう、ひねくれてるっていうか、人付き合い悪いようなとこ。うちの姉ちゃん、あんなだから全然気にせずに仲良くしてっけどさ。
それが、めずらしく喧嘩したらしくて。箱がどうのって言い合ってたみたい。たまたま姉ちゃんと一緒に帰る日だったから迎えに行ったらそんな感じでさ。で、姉ちゃんと帰ろうとしたら、すごく冷たい声で龍樹先輩が言うんだ。家まで気をつけて帰りぃな、事故に遭うかもしれんで、なんて。
なんかちょっと気持ち悪いような気分悪いような感じだったよ。
高島先生が教えてくれる言霊の話じゃないけど、なんかね。結局、その日の帰り道に、姉ちゃんは横断歩道を渡ろうとして曲がってきた車にはねられたわけ。
別に龍樹先輩がはねたわけじゃないけど、まあまあ気分は悪いよね。姉ちゃん? 姉ちゃんは気にしてないみたい。あんなだからさ。
なにがどうってわけじゃないけど、なんか変な感じだよね。姉ちゃんといるときの龍樹先輩って、もっと楽しそうだったのに。なんかさ、なんか、からからと泣いてるみたいに。
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