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第五夜 立花久美
貴方もよく続きますね。もう、五日になりますか。山深い社まで、よく飽きずに訪ねてくるものです。
はぁ、喚ばれるものたちの話も聞きたいと。そうですか。これは起きるかもしれない物語であって、予言でも運命でもありません。他言が許されるものでもなく、貴方にとって心地よいものとばかりは限らない。それでも聞きたいのですか。
よろしい、では、今宵は立花久美に語ってもらうとしましょう。あら、その皮袋は夜風に晒しておいてくださいな。
……まったく兄様ときたら情けない。
恩人であり師でもある高島様御夫妻からの頼み事であれば、いやも応もなく受ければよろしいものを。そんなことだから、幼い妹の方がしっかりしているなどと言われるのです。
毎日のように御船の性悪女に揶揄われて。久美は情けないですわ。
またそのように謝ってばかり。男尊女卑などと関わりなく、男も女も、軽々しく頭を下げるべきではありません。傲岸不遜、唯我独尊とは申しませんが、もう少し胸を張ってください。そんな風にオドオドしているから揶揄われ、侮られるのです。
さあ、あの子の食事の時間です。
肚に力を入れてください。でないと、この間のように噛みつかれますよ。なんですって? 食事の世話を久美に頼もうと言うのですか。ダメです。下の世話と体の拭き上げとは久美がしているのですから。
鬼と呼ばれようと、年頃の女の子には違いない。それを兄様にさせるわけにはいきません。ですから、せめて食事の世話をお願いします。
そうそう、生肉を手に持って。そろそろ手から食べてくれるかもしれません。食べる物も少しずつ人らしく変えていけると良いのですが。まずは、決まった時間に決まった分量を、そして決まった人からあげることです。
あの子は怯えているのです。
物心つくかつかぬうちから人ならぬものたちに育てられ、愛情の代わりに憎しみを、抱擁の代わりに殴打を、言葉の代わりに呪いを与えられてきたのです。しかし、生まれた時からそうではなかった。固く閉ざされた心の奥に幼いころに両親から受けた優しさの記憶が残っているはずです。そこに至ることができれば、あの子は救われる。久美はそう信じているのです。
兄様も、本当はわかっているはずです。あの子は鬼などではない。その身に鬼を宿すとしても、心の内には菩薩を宿している。
そうそう、名前は思いつきましたか。高島御夫妻は真名をご存じのようですが教えていただけませんからね。ずっとあの子呼ばわりでは、良い関係も築けぬが道理。
おや、兄様にしては珍しい。きちんと考えておいてくれたのですね。
なるほど、天児ですか。真名を取り戻すまでの仮名としては良いかもしれません。護り、そして捨て去るもの。良い名です。
さあ、あの子に伝えてあげましょう。あなたの名前は、今日この時より、天児ですと。真名を取り戻すその時まで。
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