第五十六夜 鬼切丸

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第五十六夜 鬼切丸

 異界の()りよう、またその住民の在りようも土地によって変わってくる。聊斎志異(りょうさいしい)に描かれる幽鬼(ゆうき)などは不思議なもので、死者とされながら生者でもあるような。  ()の世と()の世が地続きで、幽鬼と結婚する話もあれば、あげく子を産む話もある。下世話な言い方をさせてもらえば、抱くことができるわけですね。  そこが本邦の幽霊とは異なるところ。  触れることができる化け物と触れることのできない化け物と、どちらが怖いでしょう。牡丹灯籠(ぼたんどうろう)のお(つゆ)は中国生まれの日本育ち、その足に幽鬼の跡を留めております。  であれば、刀で斬られる鬼は、(うつ)()(かく)()の双方にまたがる存在と云ってよいのかもしれません。  とある名刀と同じ鉄から作られた式鬼(しき)鬼切丸(おにきりまる)の言葉に耳を傾けてみると致しましょう。黒い襤褸(ぼろ)の奥から突き出た片腕と包丁とが思い起こされます。 ……死んじまったんだな。うん。  そう、烏丸(からすまる)は弾け飛んでミンチになっちまった。三郎も死ぬとこだったんだな。うん。なんとか間に合ってよ。  おいらが(あいだ)に入ったから助かったんだ。うん。御船龍樹は鬼憑きなんだな。烏丸が高島殿に伝えたから間に合ったわけよ。浩一様が加藤佳乃と浩二様を連れて山頂へたどり着いてな。  烏丸はミンチなんだな。うん。  鬼憑きを落とそうとするなんて無茶なんだな。やめておいた方がいいと思うんだな。うん。娘ごと殺してしまえばいいんだな。それが簡単だと思うんだな。うん。  浩一様は頭が悪いんだな。うん。  御船龍樹には、悪いものがいくつも憑いているんだな。それなのに、にっこり微笑みかけられて、ふわりと抱きしめられて、骨抜きなんだな。うん。  それは御船亜樹と名乗ったんだな。隙のない浩一様の唯一の弱点なんだな。うん。龍王社は二人の思い出の地らしいんだな。だから、浩一様はもう駄目なんだな。  ここで告白してくれたよね、と言われながら、ぎりぎり抱きしめられてるんだな。罪の告白なんだろうかな、よくわからないな。うん。おいらの力も消えていきそうなんだな。烏よりは丈夫だけど、鬼の力で抱き締められたら、人間も弾け飛ぶんだな。うん。  御船龍樹がなにか喋ってるんだな。 『こんなことしたくないのだけど。抱きしめて、抱きしめて、抱き殺さなきゃいけないの。きみが邪魔なんだって。ごめんね、浩一』  あやまるくらいならしなきゃいいんだな。うん。浩一様が口から血を吐いているんだな。あーらら、もう駄目なんだな。おいらは命令なしには動けないし、浩二様も加藤佳乃も、鬼の眼力(がんりき)で動けないみたいなんだな。うん。  ああ、でも、さすが浩一様なんだな。ただの馬鹿じゃなかったんだな。天光丸を()ぶつもりなんだな。ああ、でも、喋れないから無理なんだな。やっぱり馬鹿なんだな。うん。おいらも、もう姿を保てないんだな。もう、もとの鉄塊(てっかい)に戻るんだな。さいならなんだな。うん。
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