第五十九夜 百足

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第五十九夜 百足

 蜘蛛(くも)に続いては、同じく忌み嫌われる百足(むかで)の話で御座います。今度こそ、低い視線で見てくれそうですね。  油虫やら蜘蛛やら百足やら、見目麗(みめうるわ)しき、これらの生き物たちは何億年も前から存在するそうです。生物としては大先輩、またその生存能力の高さには敬すべきものがあります。  だからといって愛すべきものとは言い難いわけですが。虫愛(むしめ)づる姫君でも無理かもしれませんよ。しかし、なぜ嫌悪を感じるのか。理由などないのでしょうか。  今宵(こよい)は地を()百足(むかで)の語る話をお聞きあれ。 ……(わし)らの頭の上で厄介(やっかい)なことだ。  どたばたと無益な争い。やめてくれんかな。化け物になどなりたくないのだから。歳を経て戦場(いくさば)の血を吸った百足(むかで)は化け物になるのよ。  いまや戦国の世でもなく、(いくさ)というわけでもなかろうが。  (わし)らには儂らの知る世界がある。龍樹あるいは亜樹の影より()でしものは、戦場(いくさば)で見ることもあった鬼だった。久しぶりに見るも、懐かしいものでもない。儂ら一族として、歓迎すべきものでもないからな。  地べたを()い、土に(ひそ)み、人の領分を侵さぬ限り、静かに、あるがままに暮らしていくことができる。それを、人の血や鬼の瘴気に当てられて大百足(おおむかで)になどなってみよ。たちまちの内に殺されてしまう。  炎に巻かれたような巨体で、鬼が人の術師を捕らえて握りつぶそうとしている。浩一と呼ばれていたか。人の生き死にに興味もないが、恨みを含んだ血を撒き散らすのではなかろうな。迷惑な話だ。  恨みの血を(かぶ)って化け物となることのないよう、一族郎党、土の下、枯れ葉の下、石の下、鳥居の根本に息を潜め、推移を見守った。  すると、術師の後ろに控えていた弟子だろうか、若い男女が弓を構え、矢をつがえた。その矢が青白い炎を発したと思うと、術師ごと、鬼を貫いたのだ。  名状(めいじょう)(がた)い悲鳴をあげて鬼は姿を消した。  同時に、術師の手元から転がり落ちた箱から、もうもうと瘴気が吹き出たが、山の風に洗われて霧散していった。  鬼とともに矢で貫かれた術師は、弟子らしき男女を、浩二、佳乃と呼び寄せて何やら叱言(こごと)を言っておるようだ。 『その矢が滅するのは悪しき者のみ。たしかに私はそう言った。だが、善悪の基準など有って無いようなものだ。  もし、私が悪しき者と見なされていたら、どうするつもりだったんだ。……やはり考えていなかったか。鬼の腹に天光丸(てんこうまる)をもぐらせて滅する準備は整っていたというのに。おまえたち、後で説教部屋だな』  やれやれ、人の愚かさは昔から変わらない。あの程度で鬼を退治したと思うのか。(から)の箱から瘴気とともに(こぼ)れ落ちた物に気付いたのは儂らだけだったらしい。  鬼の本体とも言うべき骨の欠片(かけら)。  いまは瘴気を発することもなく、玉砂利(たまじゃり)(まぎ)れているな。だが、いずれ殺生石(せっしょうせき)のように毒を発するようになるだろう。  人間たちは気付いていないが、山に捨て置かれては迷惑至極(めいわくしごく)。今夜にも(ふもと)の街へ捨てに行くとしよう。
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