第六十夜 クロ

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第六十夜 クロ

 我死なば、焼くな()むな野に捨てて、飢えたる犬の腹をこやせよ。  これは、地獄太夫(じごくたゆう)の辞世の句であります。実在の人物であったかどうか、言葉どおりに葬られたか(いな)か、それはわかりかねますが、おかしな物を食わされては犬も(たま)ったものではない。  腹をこやすどころか、腹を壊して終わりでしょう。なんとなれば、()の世に人ほど罪深い生き物もないのですから。  無数の百足(むかで)どもによって(ふもと)へと運ばれた骨の欠片(かけら)がどうなったかは、それを食った犬に聞いてみることとします。 ……ハラがきもちわるい。  ナニカに呼ばれたような気がして、町はずれのゴミ捨て場をあさっていたときのことだ。ヤマの方から、ムカデの群れがおりてきた。  そいつらが捨てていったのが白い骨のカケラだった。  普段ならそんなものを口にすることはない。オレは野良犬だが、グルメなのだ。人の手がはいらない森で暮らし、しかし、時折、大きな建物のそばへ出てきてエサをもらったりもしている。その老人は、オレを半分飼っているつもりでいるらしい。クロ、クロ、とオレを呼ぶ。  そんなわけで、エサには不自由していない。  なのに、なぜそれを口にしたのだろう。うまいぞ、食え。そう話しかけてきたように思えて、ついフラフラと口を開けていた。  その後は、その骨が勝手に入ってきたような気がする。飲み込んだハラがきもちわるい。ごろごろ、ごろごろと中で転げているみたいだ。  ヒトにつかまることのないよう、できるだけ森から出ないようにしているというのに、気付くと、日の落ちた街中(まちなか)を走っていた。  ハラのなかから声がきこえる。  くえ、食え、くえ、食え、くえ。あれもこれも、それもなにも食って、くって、食いまくれ。呪いもアイも、想いもクイも。すべて食ってシリからひりだせ。  オニを殺せ。戸隠(とがくし)のオニを殺さねばならぬ。殺さねば殺される。化外(けがい)の民などヒトではない。  殺せ、コロセ、殺せ。(おのれ)のカタキを討て!
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