第六十二夜 稲田誠

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第六十二夜 稲田誠

 外法箱(げほうばこ)の由来を少し聞きました。ですが、まだ詳しいことはわかりませんね。  鬼塚に(ほうむ)られた者と外法箱に(まつ)られる者と、同じ者であるらしい。今宵は少し毛色の違う方をお()びするとしましょう。  温州蜜柑がずたずたにされ、佳乃の式札(しきふだ)が失われたあの日。立花浩一、浩二、久美の三兄妹が、あるいは殺され、あるいは重傷を負わされたあの日。その惨劇へと繋がる入口を、知らず、開けてしまったのは神尾美琴の父親、大学教授の稲田誠(いなだ まこと)です。 ……やれやれ、ようやくの御開帳(ごかいちょう)だよ。  埋葬者不詳の陵墓(りょうぼ)を調査するのに申請から何年かかるんだ。この調子じゃ、死ぬまでにすべての調査を終えるのは難しいね。  まあそれはいい。この塚は地元では化物を閉じ込めた封印塚と呼ばれ、殺生石(せっしょうせき)じみた言い伝えもあるのさ。  そもそも墓というやつは慰霊だけでなく、封霊の意味もあるんだよ。ひと昔前なら、発掘など村の古老あたりに止められるところだね。  一応、(まつ)りはするけどさ。  家を建てる時の地鎮祭(じちんさい)みたいなもんだよ。調査がうまく行きますように、ってね。草の緑に(いろど)られて、綺麗なものじゃないか。さーて、小さく盛り上がった土の下には何者が納められているのやら。  石の扉を開けて。おお、盗掘(とうくつ)の跡はないね。  おや、風が吹き始めたぞ。どこかへ空気が通っているんだね。しかも、これは内側へ吹き込んでいくじゃないか。ん? なんだろう。手が震えてきたな。おや、きみたちもかい。酸欠か何か有毒ガスでも出てるんじゃないだろうね。殺生石伝説の(いわ)れかな。  しかし、何かあってからでは仕方ない。残念だが、一度、外へ出よう。なに、陵墓は逃げやしない。すぐに、っと、なんだ? 奥から何か(いや)な気配が近付いてくる。ぐっと空気が重くなって、泥の中にいるみたいだ。  息苦しい。体が動かない。手足に力が入らず、起き上がれない。なんだろう、腐った溝川(どぶがわ)のような匂いがするね。背後から何かに見られている気がする。それが少しずつ近付いてきて、生臭い、ぬめったものが体の上を這っていくんだ。  ナメクジかヘビか、ぞくりとする感触だよ。  いったいこれは何だ。幻覚? かも知れない。灯りが消えてしまっていて何も見えないね。学者として、幻覚なのかどうか確認しなければ。  その気配は頭の上を過ぎて、ゆっくりと陵墓の出口へ向かおうとしていた。意識を右手に集中し、ぐぐぐぅと伸ばす。ぬめったものの中に自分の手が入り込んだ。気持ち悪くて吐きそう。それでも、硬い物に触れ、それをしっかりと握りしめたのさ。  気付いた時、右手には消し炭のようになった棒状の物を握っていたね。それは、木乃伊化(みいらか)した人の腕と思えたけれど、中身のない空っぽな物に感じられた。もう出て行ってしまったのかもしれないね。なにかが。
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