第六十三夜 中山早苗

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第六十三夜 中山早苗

 皮袋の惨劇へと近付いて参りました。  鬼塚より抜け出せしものは、鬼の腕で御座います。形代(かたしろ)たる腕自体は稲田誠(いなだ まこと)に捕まったわけですが、無念と悔いと呪いの産物は市中へ放たれてしまった。  鬼塚の所在を忘れ、由来を忘れ、祭祀(さいし)を忘れた人々が悪いわけでもなく、石の扉を開けた稲田誠が悪いわけでもない。  むろん、化物退治に挑んだ若者らが悪いわけでもないのです。さはさりながら、後悔とともに語るのは中山早苗(なかやま さなえ)で御座います。 ……うちのせいや。  温州蜜柑(うんしゅうみかん)はクマの人形ごとばらばらにされてしもた。佳乃も式札を引き裂かれて消えてしもた。たまたま居合わせた兄妹も殺された。  始まりは、うちの思いつきやった。手のひらサイズの式神、愛らしい女の子の姿をした佳乃と暮らすようになって、世の中には(あやかし)による事件が意外と多いことを知ったんや。  まだ学生時分のふわふわした感覚で生きておったから、その危うさも考えず、佳乃と一緒に人に(あだ)なす(あやかし)を退治して回るようになった。  心水教(しんすいきょう)の連中と知り合ったのもその頃のことや。若い女性が失踪し、斬り殺される事件が頻発しとったんやけど、(あやかし)によるものとみて調べとったうちらに手を引けと警告や。いま思うと素直に聞いておけば良かった。温州蜜柑を巻き込み、佳乃を失うこともなかったろうに。  せやけど、それまでの(あやかし)退治で調子に乗っとったんやろな。どうとでもなると思ってしもた。まさか、千年前の鬼やったなんて。いまの世に残る(かす)みたいな(あやかし)とは違う気合いの入った本物や。  その頃はうちも若い娘でな。鬼を追うどころか、逆に狙われることになってしもた。  馬鹿でかい鬼の腕がうちを(さら)いに来たんよ。温州蜜柑(うんしゅうみかん)佳乃(よしの)も、なんとか(はら)おうとしてくれたけど、まったく手に負えず。あげく、居合(いあ)わせた立花兄妹にも申し訳ないことになってしもた。悔やんでも悔やみきれへん。すべてがうちのせいやないことはわかっとる。せやけど……。  この世には神も仏もないものか。あるのは、ただ人と鬼だけなんやろか。だとしたら、うちらはどこへ向かえばええんやろ。  うちを助けようとして、佳乃は鬼の爪で式札(しきふだ)を引き裂かれて消えてしもた。それを見て逆上した温州蜜柑が鬼を無理やり丸飲みにして、腹ん中で暴れるのをほとんど消し去ったんやけど、最後には、破裂してバラバラになってしもた。佳乃の仇を討ったんや。相討ちでな。  残されたんは、ぼろぼろの皮袋だけ。それも高島承之助が持っていってしもた。どこへ持っていったんやろ。あんなもん、どうするつもりなんやろ。生き返らせることなんか、できやせぇへんのに。
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