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第六十五夜 稲田陽子
食べることは文明です。
いえ、さすがに言葉が足りませんね。生物進化の目的を逆算すると、それは熱量の効率的な消費なのです。我々は命、即ち熱量を取り込んでいるでしょう?
捕食する方が効率的だという指向性、他者から奪い、熱量を効率よく消費することが生物進化の究極の目的だとすれば、発電も然り、戦争も然り、様々な形で溜め込まれた熱量を使いやすく転換してしまう文明はその行き着く先の必然に違いない。
捕食と文明はよく似ている、というのは飛躍し過ぎでしょうか。私にはどうもそうとばかりは思えないのですが。
さて、鬼の骨を喰らい、化け犬となったクロですが、別の犬に追われてどこかへ逃げ去りました。クロがどこへ行ってしまったのか、それと知らずに伝えにきた稲田陽子の話です。
先に語ってくれた稲田誠の妻にして、神尾美琴の母、不思議の力を持つ御仁より。昔からの知り合い、高島夫婦に何事か伝えることがあって学び舎を訪ねてきたようです。
……妙な胸騒ぎがするのよ。
夫が発掘調査を申請していた陵墓が五つとも荒らされてしまったの。盗掘というのとは少し違うみたい。
いずれも、十七年前に発掘した陵墓と同じ系列の鬼塚でね。名前もわからないけれど、被葬者の四肢と胴を、ばらばらに埋めて封じたとか。将門塚のようなものかしら。強力な反逆者の力を恐れて、首を斬り、手足を斬り、黄泉がえることのないようにしようという。人を殺す際に、非力な者ほど反撃を恐れて滅多突きにする心理に似ているのかもしれないわね。残虐さは恐怖と弱さの裏返しなのだから。
最初の鬼塚発掘から今回の許可を得るまで、とても時間がかかった。だから、ようやく、本当にようやく発掘が叶うと思った矢先の話だったのよ。
なぜ盗掘じゃないと言えるのか?
破られた入口の奥に、獣の足跡があったから。むしろ、獣の足跡しか無かったの。それも一匹じゃない。二匹の獣が相争ったような様子だったわ。
それが一箇所だけなら、猪でも野良犬でも、なにか獣が入り込んだだけだと思ったかもしれない。けれど、そうじゃなかった。四つの陵墓すべてが荒らされていた。陵墓の奥、足元はもちろん、壁面にも天井にも無数の獣の足跡がついていたの。
最後のひとつについては、どちらか、あるいは両方のものかもしれない。夥しい量の血が飛び散っていた。
人知れず良くないことが起きているような、そんな不吉な予感がするの。
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