第六十九夜 くちなわ

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第六十九夜 くちなわ

 由麻(ゆま)(なぎ)の姉妹に、その後おかしなことは何もなく、(あやかし)に取って代わられたなどということも御座いません。御心配なきよう。ただ、神宮の周辺で異様な出来事が続いているのは確かです。  また、それは私の足下にも伸びて来ているようですね。送るべき(もの)の一人が、なにやら悪さをしているらしい。露見しておらぬと思うておるあたり、愚かなもの。  しかし、時にはそうしたことも必要となります。個々には悪しき企みであっても、全体として善をなすこともあるのです。  知らぬと思うて、ほんに愛らしい。気生根(きふね)といい、龍穴(りゅうけつ)といい、この(やしろ)の大穴を抜けてその先へ。抜け出すことができずとも、神霊を(かた)り、他者の名を(かた)り、現世(うつしよ)に手を伸ばそうという愚か者、その名をくちなわと申します。 ……ふん、愚か者だなんて考えてんだろ。  あの女は本当にくずさ。穴の底で青息吐息(あおいきといき)、姉のかさねがいなけりゃ、三日と言わず、一日も経たずに殺されてたろうに。  殺し、殺された相手と、死んだ後まで仲良く過ごすなんざ、まっぴらごめんだ。まったくいい迷惑さ。おのれらの因縁(いんねん)に巻き込みやがって。挙げ句の果てが、化け犬か。  あんな女を(した)ったばかりに、骨と化して(のち)までも、外法箱(げほうばこ)(まつ)られ、犬に喰われ、化け犬になっちまった。哀れな男さ。  だが、生きてた頃も犬みたいな野郎だったんだ。本家の犬に相応(ふさ)わしい生き方、死に方、ついでに化け方ときた。  こいつは、ちょっとした憂さ晴らし。  哀れな化け犬となった男、くずの想い人を見物にきたんだ。さて、大穴の最奥には心御柱(しんのみはしら)があるんだが、そんなところに用はない。その前の脇穴が、十七年先の現世(うつしよ)につながっているのさ。  ちょうど化け犬が襲ってきたところらしい。さすがに、()ばれもしないのに現世(うつしよ)顕現(けんげん)することはできないね。  なら、この子を使おう。くちなわ秘蔵の白蛇様さ。さあ、行け。穴の向こうでなにが起きているのか、余さず伝えよ。くずのやつに、おのれの所業の結末を見せつけてやれ。
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