第七十九夜 くそ野郎

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第七十九夜 くそ野郎

 さて、今宵の語り手は名前がわかりませず。仕方なく、くそ野郎のままに致しました。  一方の私、ようやくの出番で御座います。  といっても、まだまだおまけの鬼に過ぎませぬ。くそ野郎の前に立ちはだかったのは、私の双子の姉、かさねでした。  いやはや無鉄砲なことで。姉さんは、たしかに人に倍する力を有し、その動きは、飛ぶ鳥、駆ける獣の如く。とは云うものの、生身の人間でありました。刃に触れれば傷もでき、血も吹き出る。あるいは、槍で突かれれば容易に死ぬ。であるのに、槍の前に身をさらすのです。  姉はそこまで上背のある方ではなく、その体に威圧を感じることもありますまい。しかし、本気で怒った時の姉は、それは恐ろしいものでしたよ。  その怒りを招いたくそ野郎の語る話です。 ……おそろしい、おそろしい。  体の震えが止まらぬ。なんじゃ、この女は。小柄な体躯(たいく)にも関わらず、じっと見下ろされているかのようだ。  餓鬼(がき)どもも(しもべ)らも見ておるのだ。情けない姿をさらしてなるか。  槍を突きつけるようにする。そのわしの耳に聞こえてきたのは、かさねさま! との餓鬼どもの嬉しげな声だ。  そうか、うわさは(まこと)だったか。戸隠の鬼は二人いると。こやつがその片割れに違いない。貴様が戸隠の片割れか、くずとやらはどこだ?言わねば貴様から突き殺してやろうか。  そうして脅すも、かさねとやらは逃げようともしない。かえって槍先を掴むと、やってみろと恐い声でいう。  片手で軽く握っているようにみえるのに、槍は動かなかった。突くことも引くこともできない。離せ、離さんかと馬鹿みたいな言葉を繰り返すわしは、さぞかし滑稽(こっけい)に見えたろう。  次の瞬間には、しっかり握った槍ごと片手で持ち上げられ、放り投げられていた。  まだ槍を握ったまま背中から地に落ち、息ができないほどの痛みだ。形ばかりの心配を示して駆け寄ってくる下僕(げぼく)らを振り払って立ち上がった。まだ背中も痛いが、このままにしてなるか。  おのれ、戸隠の鬼、まとめて成敗してくれる。後の片割れ、くずはどこだ!  そう怒鳴ると、かさねの背中から声が聞こえた。背負子(しょいこ)に乗せられたまま、子どものように背の低い女が、ここですよと手を振っておるではないか。かさねの方はそれを背負ったまま、くずの方はそれに乗ったまま、わしの相手をしようというのか。なめおって!  岩室(いわむろ)の場所を探るだけのつもりだったが、このまま殺してやるわ。下僕らに、戸隠の鬼を逃すな、地獄へ追い落としてやれと命ずるも、誰ひとり動こうとしない。国衙(こくが)からの指示は生け捕りではないのかだと? そのようなことは知らぬ。相争う内に誤って殺してしまったことにすれば良い。さあ、戸隠の鬼よ、二人まとめて地獄へ()ね。  その背中の女ごと串刺しにしてくれる!
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