第八夜 橋姫

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第八夜 橋姫

 派手に破れてしまったものですね。  連日の(おとな)いも、こうして結果でみるとなかなか成果の見えぬもの。それでも諦めずに来られるのですから、私も根気よく(つくろ)うこととしましょう。  愛らしいクマの人形には戻せませんが、ともかくも破れ目を()って形をつけることとします。そう(あせ)らないで。(つくろ)い物は、なかなか進まぬものです。  今宵は、この(やしろ)とも縁の深い橋姫による話で御座います。 ……はて、御船(みふね)の小僧、何をやっておるんじゃろう。なにやら企んでおるようじゃが、この橋姫の目を盗もうなど百年早いわい。  五十鈴川(いすずがわ)に架かる新橋(しんばし)のたもとに居を構えて幾星霜(いくせいそう)、というほどでもないが、この(まな)()を人の目から隠し、悪しきものを寄せつけぬように努めてきた。  高島夫妻との約束じゃからな。わしは約束は(たが)えぬ。ま、悠里(ゆうり)は良い(わらべ)じゃ。そう悪いことでもなかろう。  このところ、なにかと落ち着かぬ。内も外もじゃ。鬼の娘のせいかの。浩二や久美は、天児(あまがつ)と呼んでおったか。  前世のありようを知るだけに、まことに哀れなものよな。いつか真名(まな)を知り、己を知り、年相応(としそうおう)に楽しく日々を送らせてやりたいものじゃ。そうじゃ、赤福も食わせてやりたいのう。血の(したた)る生肉なんぞでなく。  浩二と久美と天児(あまがつ)と、三人でおかげ横丁を散策できればよい。わしもたまにしか食す機会はないが、赤福氷なんぞも風情(ふぜい)があって良い。川縁(かわべり)で涼をとるのも夏らしかろう。  天児(あまがつ)も二人にはだいぶ慣れてきたと聞く。言うても、餌付(えづ)けされた野良犬程度の慣れ具合じゃろうか。  おや、学び舎の方で何かあったか。小さな気配が消えたの。はてさて、高島の(カラス)か何かじゃろうか。まあ良い、悪しきものではない。  そのせいでもなかろうに、どうも悪い予感がするわい。十七年前の鬼退治か。また犠牲が出ぬことを祈るとしよう。何に祈るべきか、わしにはわからんが。かかか、天照大御神(あまてらすおおみかみ)に祈るべきかもしれんなぁ。  おかげ横丁の方はちゃんと見張っとるじゃろか。千里(ちさと)の奴は、ええ加減じゃからなぁ。
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