第八十一夜 菊正

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第八十一夜 菊正

 空信殿とのやりとりの間も、私は所在なく姉の背にもたれかかっておったわけですが、この後、姉は官人を殺してしまい、謀反のなんのと口実を与えることになるのでした。  しかし、それはまあ表向きの話。ここでどう振る舞っていたとしても、私たち戸隠(とがくし)の鬼を捕らえて都へ送ることは決まっていた。  馬の背に縛られて遠く都まで連れていかれた時のことは、まだ覚えています。  今宵の語りは、鬼無里の(おさ)を務めていた菊正(きくまさ)殿。くそ野郎の死と、その後の話で御座います。 ……かさねさま、くずさまには申し訳ない。  われらと関わりを持ったために、その優しさのために、縄につくこととなってしまわれた。抗うことも逃げることも容易であったろうに、村の子らを質にとられ、それも叶わず。  空信殿から官人のことを聞いた時には困惑したものだった。  里の子らを傷つけた男を、かさねさまが誤って殺してしまったのだという。そのつもりもなく、少し力が入りすぎてしまったらしい。  空信殿の話では、喉を掴んで持ち上げていた男をどさりと地面に落とし、拾い上げた槍を手に、その穂先を握りつぶしてみせたという。そうしておいて、  見ろ、このままおまえを(くび)り殺すのは容易なことだ。だが、今回だけは勘弁してやる。代わりに、おまえたちの大将に伝えよ。あたしたちを放っておいてくれと。さもなくば、この穂先の如くにしてくれる。 と脅したものの、実はその時にはもう官人は死んでしまっていた。それと気付いて決まり悪そうに、ちっ、死んでやがると言われたそうな。  官人の下僕らに対しては、空信殿が、上役を殺されておめおめと帰っても(とが)められるだけのことゆえ、崖から落ちたことにでもしておけと知恵を授けていただき、こたびのことはそれで終わりとなった。だが、それで、めでたしめでたしとはならぬ。  都からは、戸隠(とがくし)の鬼を捕らえよ、捕らえねば彼の地に謀反の疑いありとするとの(めい)がくだったようだ。  新たな官人が派遣され、搦手(からめて)よりの策が練られた。村の子供を捕らえ、それを元にくずさまを捕らえ、最後にかさねさまを捕らえたのだ。縄を受けたお二方の痛々しい姿が思い出される。  ただ、かさねさまはどこまでもお強く。最後まで屈服はされなかった。大人しく縄についていても、くずさまの処遇には厳しく目を光らせておられたようで、どのような縄で縛ろうと、完全に押さえることはできなかったと聞く。  都へ向かわれて以後のことはわからぬ。
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