第八十二夜 うわばみ

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第八十二夜 うわばみ

 都へ向かった私どもを待っていたのは蠱毒(こどく)(にえ)で御座いました。  やんごとなき方の世継ぎが(やまい)で死にかけていたのです。その平癒を祈る立場にあったのが、代々、(まじな)いをもって仕えてきた御船一族でした。  お上の信任厚く、しかし、儀式ばった方違(かたたが)えや卜占(ぼくせん)ばかりに通じ、安楽な生活に馴染みすぎたために、その異能を半ば失うに至っておりました。  結果、病の平癒はならず、信任の裏返しとして罰せられることを恐れた愚物らは、その責を化外(けがい)の民による呪いに帰したのです。(まつろ)わぬ民を(にえ)とし、蠱毒をなすことで世継ぎの病は必ず癒されんと。  その馬鹿げた奏上は、父として、あるいは母として(わら)にもすがる思いであった方にとっては救いであったに違いない。また、愚物どもも自らの言葉に囚われ、自らの嘘を信じるに至ったのです。  人による蠱毒とは如何(いか)なるものか。くちなわ殿の連れ合い、うわばみ殿に教えていただくことにしましょう。 ……ああ、酒が飲みてぇ。  飲んでも飲んでも喉が、胸が、腹が、乾いて乾いて仕様がない。蛇憑きの女なんぞと添うたのが間違いだったか。くちなわはいい女だがなぁ。おれの腹の中に大蛇が住みついたのかと思うほど、飲んでも飲んでも酒が足りねぇんだ。八塩折之酒(やしおりのさけ)でも飲めば効くかもしれん。  畜生め、穴ぐらに閉じ込められちゃどうしようもねぇや。こんな甲斐性なしに惚れるなんざ、くちなわも運のねぇこった。  お世継ぎの病平癒のためと称して駆り集められた有象無象(うぞうむぞう)の術士たち、神職から坊主から、胡散くさい巫女(みこ)(ひじり)、憑きもの筋に各地の反逆者や鬼と呼ばれた者たちまで。およそ人と見做(みな)されぬ下賤の(やから)黄泉穴(よみあな)とも呼ばれる洞窟に押し込んだのよ。  蜘蛛(くも)百足(むかで)や蛇などで行う蠱毒(こどく)同様、互いに殺し合えと。生き残った者には莫大な褒美をやると聞かされたが、それを信じるほど阿呆(あほう)でもねぇ。最後まで残った者の生き(ぎも)を薬に使おうってところだろう。  ああ、笑っちまうなぁ。このような術から生まれるのは呪いだけよ。  穴ぐらに押し込められて、おれはもう、すぐに諦めた。さっさと殺されたいわけでもねぇが、足掻(あが)いたところで生きて出られるわけもねぇ。くちなわにも早く諦めたらどうかと言ったんだがな。  信じねぇのさ。  いや、信じたくねぇんだろう。蛇神(へびがみ)の力で何としても生き延びてやるという。そうしたところで、最後に出られるのは一人だけなんだ。もし、生き残った者には莫大な褒美をやるという言葉を信じるとしても。  くちなわは口に出しはしなかったが、最後に自分も死んでおれを生かそうってんだろう。泣かせるじゃねぇか。  何十人もいた(にえ)も、次第に数を減らし、その中を血に塗れながら生き延びた。しかし、運悪く、本物の鬼がまぎれていたのさ。ほれ、なんといったか。  ああ、戸隠(とがくし)の鬼か。
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