第八十四夜 みの

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第八十四夜 みの

 秋月の夜のことでした。  自らが築いた死体の山の上で、我が姉のかさねは息絶えたのです。血みどろのセカイを、月は容赦なく照らし出していた。  この先は私のモノガタリでも御座います。  姉はいつも、私の生きる力を腹の中で吸いとってしまったと詫びておりました。そんなことはなかろうと思って聞き流していましたが、皮肉なことに、姉の死によってそれが事実であったとわかったのです。  姉の死と、それに続く化け物の登場を語るのは箱神を使う女術士、みのであります。 ……恐ろしい女やった。  かさねと呼ばれる鬼の片割れは、洞窟の外にいた幾百もの(つわもの)を殺し、己の術を頼みに向かっていった一級の術士らを次々と返り討ちにしてみせた。  行け、行け、と御船(みふね)の連中に()き立てられ、やむなく向かっていった者は例外なく黄泉(よみ)送りとなった。  あちきにも、行け、行けと声がかかり、御船一族に飼われる身なれば仕方なく、絶望しながら足を前へ踏み出した。まさにその時、不意に戸隠の鬼の胸を背後から槍が貫き、それを契機に無数の矢が降り注いだ。針鼠(ハリネズミ)のようになりながら、かさねとやらは、腹を庇い、また腹を撫でながら、何事かつぶやき、言い終わると同時、誰かが首を飛ばした。その首は、宙を舞って人に噛みつくようなこともなく、血溜まりに落ちて転げたんよ。  そして、それは現れた。  洞窟の奥から、ぐっ、ぐっ、と押し殺したような声が聞こえ、腐った溝川(どぶがわ)のような匂いが辺りに満ちた。天は(にわ)かにかき曇り、大粒の雨が落ち、神鳴りが響き始めていた。と、見る間に風が吹き、嵐となった。  化け物が生じたのだ。  人による蠱毒など、病平癒どころでない。怨嗟と呪いの渦が()んだのは、黒々とした暗雲のような瘴気の塊であり、亡者どもの呻きの声だった。嘆き悲しみ、苦悶の表情を浮かべた数多(あまた)の顔が雲に浮かびあがる。  新たに生じた名前のない化け物が、ぐるりと周囲を()め付けるようにすると、ただそれだけで(つわもの)どもが手にしていた刀も槍も鎧も矢も、およそ鉄でできたものはすべて(さび)が浮き、(ただ)れ、腐れ落ちた。  さらに、洞窟から這い出るようにして姿をみせた化け物は、おう、おうと赤子のような声をあげて、表に浮かんだ顔という顔から、ごうごうと赤黒い炎を吐いたのだ。  とっさに箱神を出して身を守ったが、じゅうじゅうと肌が焼ける。なんとか生き残りはしたものの、七十五匹の箱神様は、その炎の一撃であえなく横死(おうし)された。  洞窟の出口近くにいた連中は、ほとんどが焼け死に、あちきの周りに立っている人間は誰もいなくなった。  ばりばりと音がする。  焼け焦げた香ばしい死体を、化け物がかじっていたのだ。だんだんと近付いてくる。火傷(やけど)を負って動けぬ体で自分が喰われるのを待つ。その時間は、長いながいものに思えた。  恐ろしさから目を瞑ったあちきの耳に、ころころと涼しげで優しい女の声が響いた。もう一人の戸隠(とがくし)の鬼、くずが、化け物とあちきの間に静かに立っていた。  その周囲だけ嵐が止み、神鳴りが避けているかのようで。まだ降り注ぐ雨を斬り捨てるように、天上の雲間から落ちる月の影に浸って、背後の化け物と、焼け焦げた死体の山の前で静かに立っていた。  さあ、その箱をいただけますか。  と差し出されたその手に、考えることもなく箱を手渡していた。それは我が家に伝わる依り代で、手のひらに乗るほどの小さな箱。七十五匹の箱神様が入っていたけれど、いまは空っぽだ。金属のような布のような不思議な風合いを持ち、見る角度によって様々な色彩が浮かぶ。
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