24人が本棚に入れています
本棚に追加
/100ページ
第八十七夜 御船碓氷
土蜘蛛の里で秋祭りが行われていた時、本家よりの使者が伝えたのは、戸隠の鬼、即ち私の討伐でした。
やってきた使者の名は、御船碓氷です。
この男、もとより自尊心が強く、自ら私を狩りたいと願っていた。そのためか、使者として山里へ送られたことを不満に思っております。また平素から、土蜘蛛の里の連中など、一族の名を冠していても、穢れた血の持ち主と毛嫌いしていますから、どんな態度でいたか想像もつこうというもの。
今宵は碓氷殿に語っていただくとしますか。
……ちっ、ばかばかしい。
なぜ、こんな山里まで来なくてはならんのだ。雷光様も耄碌されたな。戸隠の鬼など、儂に任せてくれれば、一両日中に片をつけてやろうに。
穢らわしい土蜘蛛どもめ。
こやつらをこそ蠱毒の贄とすれば良かったのだ。それを御船の名を与え、一族の端に加えるなど、先代も愚かなことをしたものよ。
土蜘蛛の異能など、所詮は芸事に過ぎぬ。くずを狩れるわけがない。時間の無駄というもの。ちっ、漁火とやらはまだか。そう不満をもらすと同時、いつのまにか目の前に若い男が平伏していた。まるで気配を感じず、背中に汗を感じたが、動揺を隠して応じる。
『おまえが漁火か』
『はっ、長より聞き及んでおりますが、御命令を』
『あ、ああ、そうだったな。よいか、天下の大悪人、戸隠の鬼を追って殺し、その生き肝を抉り出してまいれ』
『はっ、たしかに承りました』
『行くのはおまえだけか。他の者はどうした』
『おりませぬ。我が里の血も薄れ、土蜘蛛の技を継ぐ者も少なくなりました。代わりに綱丸を連れて行きます』
『綱丸?』
『狼の性を残した獰猛な犬にして、里神の使いとされております』
平伏したままの漁火の背後から真っ白な毛並みの犬が現れ、儂を睨むように唸った。
『ちっ、獣風情が生意気な。よかろう、土蜘蛛には相応しき供よ。獣同士、助けおうて狩ってくるがいい。だが、ここは獣臭くてならん。すぐに発つのだ。さあ、はよう行け。行って、くずの首を掻き切ってまいれ』
はっ、と頭を下げて、瞬きをする間に男も犬も姿を消していた。漁火か、不気味な男だ。そう思ったのは、無表情な顔と声が仮面のように張り付いていたからなのかもしれぬ。気にいらんな。
最初のコメントを投稿しよう!