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第九夜 夏野千里
来ましたね。どうも近頃は貴方の訪れを楽しみにしてしまっているようです。決して、いまの在り方に不満があるわけではないのですがね。
みなさまを送って、最期に残るべき私ですから、だんだんと寂しくなってくるのは確かです。しかし、いまは姉夫婦もともにいてくれますし、幸せでもあります。
それはそうと、夜というのに暑いですね。どうも明治の頃と比べると、涼しさが失われてしまっているように思います。
少し手を休めて、夏野千里の声に耳を傾けてみましょうか。
……なんだろね、蜜柑のやつに関わってからろくなことがないよ。おかげ横丁を取り仕切る仕事に就かせてもらえたのは良かったけど、昼は昼、夜は夜の仕事があって忙しいもんさ。
時代遅れの鬼なんぞにやられちまいやがるし。あれから、どうだい、二十年近く経ったかね。小さなクマの人形に宿る式霊だか神様か。ずいぶんぼろぼろにされちまったよな。そうそう、十七年前か。その後、高島承之助が残骸を引き取って何やらしていたっけ。
どうなったんだろうねぇ。鬼とは相討ちと聞いたが、佳乃もやられ、居合わせた兄妹と連れも何人か、殺されたり重い怪我を負ったり、散々な結果だった。
それで終わらない、そんな話だったっけな。高島は何か知ってたんだろうが、詳しくは言えぬとくる。十七年経って、名坂が鬼の娘を連れてきたのも何かの兆しだろう。
おかげ横丁を通っていく妖しのものはみな、この千里さんが検めるんだ。そう簡単に通しゃしないよ。
おっと、言ってるそばから鈴鳴りだ。
なにか入ってきたね。さあ、調べてみようかい。ふんふん、おや、こいつは御船龍樹じゃないか。おかしいね、性格は悪くても心根は悪くない娘と思ったが。なぜ結界の鈴が鳴ったのだろう。悪い呪符でも持ち歩いているか、もしかして鈴自体が壊れちまったか?
ああ、治まったね。ちょいと調子が悪いのかもしれんな。やれやれ、心水教の連中に文句を言わなきゃならん。万一、橋姫に世話をかけようものなら、何を言われるかわかったもんじゃないんだ。
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