第九十夜 ねく

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第九十夜 ねく

 こうして出会った御船漁火(みふね いさり)とは幾度も逢瀬(おうせ)を重ねました。むろん、私を殺しに来るわけですが。  その度ごとに、互いに薄皮一枚のやりとりで。剣舞の如く、ほんのわずか手元が狂えば、どちらがどちらを殺してもおかしくない。(いと)しい恋人同士が互いの体を求めあうように互いの命を求めあった。  斯様(かよう)(いびつ)な関係は、いつか身を滅ぼさずにはおかぬ。それがわかっていながらなお抜け出すことができなかった。それ(ゆえ)に、周囲をも巻き込んで不幸を生んだのでしょう。  私への刺客は漁火(いさり)のみではなく、褒賞を求めて多くの者が襲い来たった。そのほとんどを返り討ちにしてきたわけですが、何度も生きて戻る漁火を上が疑うのも当然のこと。  迂闊(うかつ)でした。私と漁火との逢瀬(ころしあい)を、探りに来た御船碓氷(みふね うすい)に見られてしまったのです。  お互いに何度も止めを刺す機会があるのに、その機会を逃す。その様子を。せめて碓氷の視線に気付いておれば……。  私もまた逢瀬(おうせ)に溺れていたのです。もう良いか、もう殺されてやっても良いかと思いながら、(いびつ)な愛に溺れていた。  手前勝手な想いが生んだ不幸は、土蜘蛛の里に降りかかりました。それを生き延びた幼い少女、ねくに語ってもらいましょう。 ……うれしいな、うれしいな。  秋のお祭りが二回もきたみたい。みんな、いさりのおかげだね。悪い鬼をやっつけたんだって。本家の怖い顔をした人たちが大勢やってきて、なにが起こるかってビクビクしてたけど、お酒も食べ物もいっぱい持ってきてくれた。  かなでさまも、りんちゃんも、酒盛りの準備で忙しそうだったよ。いさりはまだ帰ってきてないけど、一足先に里へのねぎらいだって。  でも、おいしそうな煮炊きの匂いに、火の匂いがまじって。みあげると、かなでさまの屋敷から火が出ていたの。忙しすぎて火事になっちゃったのかと思った。でも、でも、そうじゃなかったんだ。  短刀を手に、りんちゃんが屋敷から飛び出てきた。(おさ)が殺された、本家の連中はこの里を滅ぼすつもりだ、って悔しそうに口走っていた。なにがなんだかわからないまま、逃げるよと手を引かれて走った先、追ってくる人の気配があって、りんちゃんはわたしを藪の中へ潜ませた。絶対に声を出すんじゃないよ、と。  わたしたちを追ってきたのは、本家の御船碓氷(みふね うすい)だった。冷たい声で、 『漁火の妹、りんだな。大人しくしていれば殺しはしない』 『はん、これまで従順に本家に仕えてきた我らへの報いがこれか。祝い酒だと(たばか)り、酔わせて討つ。横道(おうどう)も極まれり。下衆(げす)が!』 『下衆は貴様らだ。裏切り者の一族は子孫も同じよ。よいか、貴様の兄、漁火(いさり)は、くずと通じておるのだ』 『なに、兄が討ち取ったのではないのか?』 『違うな。やつはくずの色香に迷い、御船一族を裏切った。討伐に失敗するどころか、鬼と気脈を通じた』 『嘘だ!』 『ふ、嘘ではない。だが、やつには今一度、鬼の討伐に向かってもらう。里のことは秘密とし、おまえを人質としてな』 『そうは行くか!』  と、りんちゃんが術を使おうとする気配があって、すぐにまたその気配を消した。きっと、わたしのせいだ。自分が逃げれば、ここら一帯を探されると思ったに違いない。腰の後ろに回した手で印を組み、動くなと伝えられた。  わたしがいなければ。そう思っても、もう遅いんだ。短刀一本で碓氷(うすい)に立ち向かったりんちゃんは、やがて捕まって連れて行かれてしまった。
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