第九十五夜 新井穂波

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第九十五夜 新井穂波

 思わず長い話となりました。  紆余曲折、凄惨無残な争いはありながら、御船一族の総力をあげて鬼を封じたと言います。二度と黄泉(よみ)がえることのないよう、五体ばらばらに刻んで。  そこまで語るは冗長、昔語りはここまでとなります。時は回りまして、封じられた鬼は再び世に出たのでした。温州蜜柑と相討ち、生まれ変わった佳乃を(さいな)み、龍樹嬢を(さいな)み、そしていま形を失って黄泉穴(よみあな)へと落ちたのです。  この世の穢れを寄せ集めたへどろのような姿で何を求めているのか。神宮の巫女(みこ)を務める新井穂波(あらい ほなみ)の話です。近頃、あるかなしかの妙な地鳴りを聞くことが多いと云います。 ……また揺れております。  長く静かに身を揺らしながら、おうおうと泣くような地鳴りが聞こえてまいります。倭舞(やまとまい)の最中にまで、ゆらゆらと湖面に立つかのようで、なんとはなしに物寂しく、哀しい心地がしてくるのでした。  神域を離れて街中へ出た時などには地鳴りも揺れも感じることはございません。とすれば、やはり神域のみが揺れている、そう申し上げても間違いではないと思うのです。  しかし、他の舞女(まいひめ)に尋ねても、そのような揺れは感じないとの(いら)えが帰ってくるばかり。かえって目眩(めまい)かなにか体の不調を心配され、病院へ行くように勧められてしまいました。  わたくしがおかしいのでしょうか。  悶々とした心持ちのまま病院へ行く気にもならず、かと言って変に議論するような確信もないことですから、鬱々と日を送ることとなってしまいました。  仕方なしに独りで気にかけていると、泣くような呻くような揺れが、少しずつ動いていることがわかってきたのです。お手水(てみず)を過ぎ、一の鳥居を過ぎ、神楽殿(かぐらでん)近くまで迫っている。地の底を這っているように。  それに気付いた時、我知らず冷たい汗が流れました。この揺れが正殿(しょうでん)までたどりついたら、どうなるのだろうと。なるほど、わたくしの気のせいかもしれません。なにも起こりはしないのかもしれません。  しかし、この地鳴りには人を畏怖させ、不安にさせるなにかがあります。  正殿の下には、神の依代(よりしろ)であり、人々の穢れを引き受け、この国を支える柱でもある心御柱(しんのみはしら)が立てられているのですから。おかしなものが心御柱に向かって這い進んででもいるようで、それを思うと不安にならざるを得ないのです。  最近では体に感じる揺れのせいもあって満足に眠れず、ぼうっとした意識の奥で、ある日、神宮の底が抜け、深い穴とともに崩れ落ちる。そんな夢を見ます。大地が要石(かなめいし)を失ってしまうのではないか、そのような。  わたくしの様子があまりにおかしかったからでしょう。心配した同僚が松野頼清(まつの よりきよ)さんに声をかけてくれたようです。お医者様とかカウンセラーといった方でもありませんが、若い巫女(みこ)の様子がおかしい時には話を聞きに来られるのです。
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