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第九十九夜 倭姫
人を好きになるとは如何なることぞ。
誰かと誰かを同時に好きになることも、好きだけれど好きでない時も、好きだと認めたくない時も、好きだと気付かない時もある。
そんなにはっきりと人の心を輪切りにできましょうか。憎みながら愛し、愛しながら憎む、それこそが人ではありませんか。それこそが人の業であり、救いである。
ああ、姉さん、私を喚ぶ声が聞こえます。
行けと、すぐに行けと言うのですね。よろしいのですか? わかりました。そうですね、私が行かなければならないでしょう。ただ意気地のない自分を見逃してきただけなのかもしれません。
では、私は旅立つとします。今宵はとある御陵より見守る初代斎王、倭姫のお言葉をいただきましょう。
……つくもの夜なのですね。
空の神籬には、悪しきものが宿りやすい。まさに鬼が神籬に触れたと同時、神降ろしの技がなされます。土蜘蛛の技に救われることになろうとは。
はじかれた鬼が震えているようにも思えます。御船龍樹が喚び降ろすのは、かつて戸隠の鬼とよばれた姉妹のかたわれ。その名をくずというもの。
形のない鬼が、おうおうと泣く。
どろどろにくずれた体を巻きあげて人の姿をとろうとするけれども、そのたびに崩れおちる。おうおうと泣く声がもの哀しい。
神籬たる心御柱が女子の姿をとり、深い闇の底で光を放つようにしています。鬼の体がくずれて泥沼と化した地へ足を踏み入れていく。
『この人が迷惑をかけました』
独り言のように言いながら歩みを進める。
『なんのことはない。すべての元凶は私』
形をとれずにいる鬼のただなかに、とぷんと手を差し入れる。
『そうと知っても許してもらえるでしょうか』
首を振って、つぶやく。
『いえ、そうじゃない。人の想いは身勝手なもの。であれば、許しを請うのも傲慢か』
腐った溝川の如き鬼の体から、ずずっと白い髑髏を抜きとる。
『さあ、暗い海の漁火のように。今度は私が貴方の光になりましょう』
力を失った鬼の体が大地に溶ける。どろりと落ちるそれは地獄の泥、はたまた天上の甘露でもあろうか。いとしげに抱えた胸もとの髑髏が塵になって舞う。闇の底をくるくると、夢幻の如く。
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