『ランプラー組』のラトネッカリ

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「ふう。着いた着いた」  宣言通り5分でディキャンに辿り着くと、ラトネッカリはそんな暢気な声を出した。  反面、俺は死にそうな顔と怒りのこもった視線を飛ばしつつ、彼女に恨み節を飛ばす。 「着いた着いたじゃねーだろ。なんでブレーキかけないんだよ」 「アレにはブレーキがないんだ。推進力を出すことに特化してるから」 「二度と乗らねぇ・・・」  俺達を乗せていたエンジン付きのスケボーは中立の家の前からスタートした瞬間にターボがかかりリニアモーターカーの如き速さで走り始めた。確かに時間の短縮はできたものの、スケボーは留まることを知らず、あちこちの壁にぶち当たってはパチンコのように跳ね返って何処かへと消えて行ってしまった。  到着したというよりも、運よくディキャンで振り落とされたと言った方が表現としては正しい気がする。 「けれど、ホラ。言った通り5分でディキャンに到着だ。これからどうやって調べる?」 「こればっかりは実際に現場に遭遇しないとな」 「それならこれを使おうよ」  そう言って再び空間から魔法を駆使して何かを取り出したのだ。コイツ、ドラえもんかよ。 「今度からは使う前に聞くぞ。何これ?」  ラトネッカリの手にはスマホ用の三脚に円錐の金属をくっ付けたような、よく分からない装置があった。 「携帯型の避雷針と説明すれば分かり易いかい? ボクも偶に雷を捕まえに行くんだよ。エネルギー効率がいいから」  雷を捕まえるというのはよく分からないが、ニュアンス的には何となく伝わった。 「なら使ってみるか、俺の想定しているウィアードだったら晴れていても現れるはず」 「もしも『ランプラー組』の実験だったなら、天気はあんまり関係ない」 「どっちにしても何かが起こるまで待つとするか」 「そうだね」  とりあえず、手持ちの避雷針を粗方セットし終わると、路地の階段に腰かけて引っかかるのを待つことにした。 「そうだ。待っている間に、少年の想定しているウィアードについて教えてくれはしないか?」 「それもそうだね。俺が予想しているのは、『雷獣』ってウィアードなんだよ」 「ライジュウ?」  俺は雷獣についての基礎的な知識をヱデンキアの常識と齟齬が生まれないように注意して話し始めた。  雷獣とは書いて字の如く雷を操るとされる獣の妖怪だ。多くの伝承では後ろ脚が四本ある狼のような姿で人の前に現れるとされる。普段は空に浮かぶ雲を雷に乗って移動すると言われ、落雷があると誤って人界に迷い込むこともあるという。  また別の伝説では晴れの日には大人しく眠り、風雨が激しくなるにつれ活力を取り戻したとも言われている。鋭い爪と牙で獲物を捕らえる、人間が襲われたという話はあまり聞かないが、反対に絶対に安心だという保証もない。また、傍によるだけで毒気に侵されるという伝承もあるので、やはり放置はできない妖怪だった。  そんな事を上手く説明していると、呆けた顔になっているラトネッカリに気が付き話を一旦止めた。 「・・・どうした?」 「少年の・・・ヲルカのウィアードについて喋るときの瞳は綺麗だね」 「は?」  手を取り、まじまじとオレを見つめ、更にトドメと言わんばかり名前を呼ばれたのは、事実上クリティカル・ヒットだった。慌てて顔を逸らしてみたものの、照れ隠しにすらなっていない。  ところが横目で見たラトネッカリは、からかいや惑わすために言ったのではく、飽くまで本心で口ずさんだのだという事が表情から見て取れた。オレの視線に気が付いたラトネッカリは、すぐにいつも通りの笑顔に戻ってしまった。 「ふふふ。共同での調査研究なんて、『ランプラー組』に入ったばかりの頃以来だ。別の意味でもワクワクするよ」 「遊びじゃないんだぞ」 「わかっているさ。けどね、仕事はそれそのものを楽しむか、さもなくばどこかに遊びを残していないと取り返しがつかなくなるよ。そして、こと仕事で遊ばせたら『ランプラー組』に叶う者は存在しない」  ラトネッカリが胸を張り宣言をすると、まるで狙いすましたかのように背後に爆音と閃光が散らばった。  オレは瞬時に状況を判断できずに慌ててしまったのだが、普段から例の装置を使い慣れているラトネッカリは嬉々として叫んだ。 「落ちた!」  ◇  音と光の影響か、深夜だというのにも拘らずラトネッカリの置いた仕掛けの近くには多くの人がいた。その野次馬の中を掻き分けて進むと、赤く光るロープに絡めとられるように、一匹の獣がもぞもぞと動いている。  伝承通り狼に似た姿をしているが、それでも牛一頭分くらいの大きさがあった。 「どうだい?」  当然ながらラトネッカリは雷獣についての所見がないので、俺に確認を求めてくる。 「雷獣だ。ホントに捕まってる」 「それで、どうするんだい?」 「下見だけと思ってたけど、放っておけば更に危険だから、ここで退治しておく」  オレが不用意に近づくと、興奮し殺気だった雷獣が雄叫びをあげると共に一閃の雷を放ってきた。 「ガァアア!!」  装置に捕まっているからと油断していた事もあって、まともに電撃を喰らってしまった。それでもラトネッカリの避雷針によって威力が分散してくれたお蔭で大事には至らなかった。 「ぐっ…っ」 「ヲルカ! 大丈夫かい!?」 「捕まってても雷は健在なんだな・・・油断した。」  群衆は雷獣を恐れて更に距離を取るか、逃げ失せるかのどちらかを選んだ。痺れながらも身体に力を入れると、ラトネッカリに助け起こされた。すると、彼女は俺の耳に囁いてきた。 「一つだけ手があるよ、少年」 「え?」 「ボクの身体は絶縁体だから電気を通さない。ライジュウとやらを包み込むから、その隙に例のハサミでチョキンとやってくれたまえ」 「ラ、ラトネッカリごと切れってか? 馬鹿を言うなよ」  ラトネッカリのとんでもない申し出に目を丸くしてそれを否定する。すると、返ってきたのは不敵な笑い声としたり顔だった。 「少年は、ボク達「スライム」という種族を甘く見過ぎだよ。真っ二つなるくらいは日常茶飯事さ」  確かに彼女たちスライム族は身体の構造が他の種族とは根本的に異なる。血管や内臓など生命維持に必要な臓器なども存在していないので、ある程度切断したところで大事に至らないという事は理解してはいる。  それでも・・・。 「ダメだ」 「な、なぜ?」  至って真剣な眼差しでの俺に、少し気圧されたラトネッカリが恐る恐る尋ねてくる。 「俺が嫌だ」 「は?」 「だから、俺が嫌だ」 「なんとも非論理的な・・・」  我儘と言われればその通りだが、平気な顔をして仲間を切断できる方もどうかしてると思う。 「けど他に方法があるのかい、少年」  その質問に、今度は俺が不敵に笑って見せる。 「ラトネッカリこそ甘く見るなよ? これでも一年間、一人でウィアード退治をやってきたんだからさ」 「! では、お手並み拝見といこうか」  痺れもある程度マシになったところで、俺はすくっと立ち上がり、右手に魔力を集中させた。  使うのは『金槌坊』。振り上げた右手がすぐに金槌へと形を変える。威力を上げようと思うと大振りになってしまうのだが、幸いにも相手は捕縛されていて動けないので丁度いい。 「うらあっ!」  気合いと共に貸与した右手を振り下ろす。すると具現化した巨大な金槌だけが切り離され、そのまま雷獣を討つ。雷獣は電撃を金槌に撃ってくるが、切り離されているので俺まで感電することはない。抵抗空しく攻撃が命中した雷獣は、他のウィアードと同じく黒い影となって消えてしまった。 「へえ、ウィアードを身体から離しても扱えるのか」 「正確には『金槌坊』だけは、そういう使い方ができる、かな」 「だけ?」 「ああ。他のウィアードはこういう風には行かない。『金槌坊』が品物のウィアードだから、できるんだと思ってる」 「やはり、色々と奥が深いねえ、ウィアードは」 「下見のつもりだったけど、結局こうなちゃったな」  遠巻きに見ていた野次馬達も、雷獣がいなくなったことで様子を伺いにこちらに戻ってきている。早々に退散しないと。別に悪い事をしている訳じゃないけど、アレだ、説明も面倒だしね。 「少年」  ところが、現場から立ち去ろうとする俺の服の袖を引っ張られ止められる。何事かと思って振り向くと、ラトネッカリは雷獣がいた場所を指差している。 「それ」 「うお!? マジか」  見ればウィアードの核がふわふわと空を漂っている。慌ててそれに触ると、例によって光の玉は俺の身体の中へと入り込んできた。  それを見届けたラトネッカリは屈託のない笑顔を俺に向けて言った。 「一件落着だね」
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