逢魔ヶ時と疾風

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 ***  彼は疾風に、様々な念力を見せてくれた。彼が望むだけで、人間一人くらいの重さまでなら何でも浮かびあがらせることができるのだという。 「ずーっとこの村にいるからな。あやかしって奴なのかね、俺は」  ただし。彼は自分の正体がなんなのか、よくわかっていないようだった。昔は人間だった気もするけど、というが。とにかく気づいたら子供の姿のまま、ずーっと村の中をうろうろする存在になっていたという。  好きなことは悪戯で、特に大人をからかうのが大好きなのだと言っていた。 「最近一番面白かったのは。お前のガッコの山村校長(やまむらこうちょう)をからかったことだな」 「あの山村先生?何やったんだオマエ」 「あんまり朝礼で話が長いからつい」 「つい?」 「風が吹いた拍子に見せかけて、カツラを吹っ飛ばしちまった」 「ぶっ」  あはははははは!と疾風は腹を抱えて笑った。確かに、先日の朝礼でそういった出来事があったのは確かである。そこまで強い風でもないのに、彼の頭の周辺にだけは突風が吹きつけたのだとばかり思っていたのだ。なんせ、綺麗につるんと滑るようにカツラが吹き飛び、グラウンドに落下していったのだから。  おかげで炎天下の中の、無駄に長ったらしい話が終わってラッキーだったわけだが。彼は真っ赤になってカツラを拾いに行ったが、何故か彼が拾おうとするとカツラが風で逃げていく、という謎現象が起きていた。 「ま、まさかあれ、やったのお前かよ!笑う!」  生徒達はおしげもなく笑い、先生達も――あれは絶対笑いを堪えていたと思うのだ。いつも厳格な長谷川先生が肩を震わせていたのもばっちり見えていた。最後のプライドでどうにか堪えたようだったが。 「いやーお前のおかげで話が早く終わって助かったなーって思ってた。感謝するぜ、えっと……」  ここに来て、疾風はこの少年の名前を知らないことに気づいた。相手も、疾風が何に詰まったのか気づいたのだろう。何でもいいよ、と手をひらひらと振ってきた。 「俺の名前は何でもいい。好きに呼びやがれ、名前なんかねーし」 「ねえの?じゃあ、俺が付けてやろうか、カッコいいやつ」 「馬鹿じゃねえの、そんなことしたら愛着湧くだろ」  何故、彼が疾風のことを馬鹿と言ったのか。この時の疾風はまったく意味がわからなかった。だから普通に帰したのだ、愛着が湧いたら何かいけないのか、と。 「いいじゃねーか。俺とお前はもう友達だろ!」  その言葉に。ほんの少し、ほんの少しだけど少年が泣き出しそうな顔をしたように見えたのだ。ひょっとしたらもう長い事ずっと一人で、友達らしい友達なんかいなかったのかもしれない。  だが、そもそも疾風は“一度遊んだ相手はみんな友達だ”という単純な主義を持っていた。当然、自分を助けてくれて、一緒に遊んでくれたこの少年も例外ではなかったのである。 「よし、お前の名前は(あらし)だ!俺が疾風、だからな、似たようなかっこいい名前にしてやる!」 「……嵐か。悪くねえな」 「だろ?」 「つーかさ」  彼は少しだけ、躊躇うように言ったのだ。 「いいのかよ。俺と、ほんとに友達になってくれんの?」  もし。  疾風が彼と出会う前に全てを知っていたら、どうなっていたのだろうかと思う。しかし、大人になった後で何度考えても、出る答えは同じだったのだ。 「あったりまえだろ!」  友達になるのに、資格も理由も必要ない。  例えその相手が、人間でなかったとしても。
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