schwarz freund

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 私はいつものように休み時間に一人で遊んでいた、ジャングルジムとすべり台と登り棒と雲梯が一体化したドデカい遊具を一人で往復するだけの、今にして考えれば何が楽しいのか分からない遊びだ。多分だが、両親と一緒に行った動物園のテナガザルやチンパンジーなどの猿がヒョヒョイヒョイと檻の中を縦横無尽に駆け回る姿を見て「カッコいい」とでも思ったのだろう。私も猿のようにヒョヒョイヒョイとドデカい遊具を駆け回っていた。やがてジャングルジムから滑り台を滑って降りると言う当たり前のシークエンスに飽きてきた私は、逆にしてみようと考えた。滑り台を逆に登り、ジャングルジムを降りようと考えたのである。  それがいけなかった。私は勢い良く滑り台を逆に登ったのだが、滑り台の斜面の傾斜の滑り具合を舐めていた結果か、ツルリと滑り落ちてしまった。本来、ズボンの尻と靴の裏でしか着地を想定していない柔らかいクッションのような擬似的な芝生で膝小僧を擦りむいてしまった。膝小僧に真っ赤に輝く擦過傷の痛みを前に私は激しく泣いてしまった。周りにも人(幼稚園児)はいたのだが、友達でも何でもない奴のために先生を呼んできてくれる奴はいない、人見知りで孤独を極めていた私には無情だとか人でなしとかと周りを叩く資格はない。 幼稚園の先生も「不思議」なことに誰も来ない。おそらくは職員室なりで仕事をしていたのだろう。幼稚園の先生だって休み時間の子供の行動を逐一目を光らせる程暇ではない。  私の泣き声が幼稚園中のグラウンドに響き渡ろうかと言う時、声をかけられた。 〈ねえ? だいじょうぶ?〉 普段の私ならこうして声をかけられた時点で脱兎の如く逃げ出していただろう。しかし、私は逃げなかった。理由は今でも分からない。私は膝小僧の痛みに耐えながら、声のした方向に顔を向けた。そこにいたのは自分と同じ背の高さを持った少年だった。ただ、姿は良く分からないもの、頭の先から爪先まで全身が真っ黒、揺らめく陽炎が人の子供の形をして立っているのである。顔も真っ黒で判断がつかない、目鼻口耳すらもあるのかが分からない、全身も真っ黒で服を着ているのかも分からないと言った感じである。 黒い少年は私の手を引いた。その時が、私が両親以外の他人に触れた初めての明確な記憶であった。 〈ほけんしつ、いこ?〉 私は躊躇った。保健室の先生が怖かったからだ。そもそも、この当時の私はこの幼稚園にいるもの全てが「敵」で怖いもの。保健室の先生だけに限った話ではない。 「いや…… いや……」 私は頑強に拒否するも、黒い少年はそれに構わずに強引に引きずるように保健室へと連れて行った。その時、引きずられたことはあまり覚えていない。 気がついた時には保健室の中に入れられており、保健室の先生に全身がツーンと冷たく痛く染みる消毒液を膝小僧にツンツンと付けられていた。 治療が終わり、私は逃げるように保健室を後にした。今にして考えれば傷の治療をしてくれた保健室の先生にお礼の一言も言わなかったのだから最低なクソガキとしか言いようがない。保健室の先生も私が過剰なまでの人見知りであることを知っていたことから気にはされなかっただろう。園長先生から「あの子はああ言う子ですから」とでも聞かされていて流してくれたと信じたい。
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