schwarz freund

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 保健室を後にした私はジンジンと痺れるような膝の傷の痛みに耐えながらブランコに一人でボーッと座っていた。ブランコの前を何人も園児が通り過ぎる、私の膝小僧に貼り付けられたガーゼに気が付き、気になるようだったが、貼られているのが「私」と言うこともあり、聞いたところで逃げるか泣き喚くかのどちらかだったので、嫌な思いをすることは間違いない。皆、それが分かっていたので、誰一人として私に話しかけてくることはなかった。  休み時間も終わろうかと言う頃、私の隣のブランコに「誰か」が座ってきた。激しく揺れる金属の継ぎ目と継ぎ目がぶつかり軋む音が気になり、横を向くと、先程の黒い少年が激しくブランコを揺らしていた。いつもの私であれば隣のブランコに誰かが座ってきた時点で脱兎の如くどこかへ逃げるのだが、なぜかそんな気になれず、ただそこで黒い少年が揺らすブランコを見ていたのだった。やがて、黒い少年がブランコを止めた。そして一言。 〈さっきのひざ、だいじょうぶ?〉 私はガーゼの上から膝小僧の傷を擦った。染みるような消毒液の痛みが引き、ガーゼに当てられた擦過傷の軽い痛みのみになっていた。 「うん、だいじょうぶ」 〈よかった〉 そこで私は両親からも言われ、幼稚園の先生からも散々言われてきたことを思い出した。 「人に何かをされたら『ありがとう』と言いましょう」 人として当たり前のことである。しかし、私は人見知りで人と積極的に関わってこなかったために、それが出来ずにいた。この当時の私は幼稚園の年長組ではあったが「ありがとう」を誰かに言った記憶が全くと言っていい程にない。 今から言うこれは私の記憶の中に残っている初めてのことである。 「あ…… ありがとう。ほけんしつ連れて行ってくれて」 それを聞いた黒い少年はブランコからヒョイと降り、私の前に立ち、踵をくるりと返した。 〈けがしてるともだちがいたら、ほけんしつに連れて行かなきゃいけないんだよ〉 黒い少年はそれだけ言って何処ともなく走り去っていった。一体あいつはどこの子で、何者なのだろうか。気になってしょうがなかった私は幼稚園の先生に勇気を出して聞いてみることにした。尚、私の方から話しかけてきたことで幼稚園の先生は心から驚き、後に園長先生や両親に報告をしたらしい。私が自分から人に話しかけると言うのは大事件だったのだ。 「ねえ、せんせい? からだのぜんぶが影みたいに黒い子っている? その子にほけんしつ連れて行ってもらったの」 幼稚園の先生は初めて自分から話しかけてきた私に驚きつつも、黒い少年を探し回った。全身が黒いということからハワイ帰りで日焼けした少年や東南アジア系の褐色の肌をした少年に聞いてくれたのだが、彼らは「そんなことはしていない」と言う。結論としては日を背にした逆光で見えない「誰か」と言うことにされてしまった。
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