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暗闇。
目を開けているのか、閉じているのか、分からなくなるくらいの暗闇。
僕は今まで、ずっとそこで生きていた。
あの時までは。
「はあ?今日までに仕上げて来いって言ったよな?」
僕の毎日は、いつも真っ暗だ。
「どうすんだよ!今日の会議で使う資料なのによ!」
目を開けていたって、閉じていたって、この暗闇は変わらない。
「ほんとに使えねぇなテメェ!こんなんも出来ねぇなら辞めろ!クズが!社会のゴミ!」
永遠に、僕はこの暗闇を生きていく。
「もう!笹原さん、その辺にしといてください!」
そう、思っていた。
「美愛ちゃーん。こいつひどいのよ。今日の会議で使う資料なんだけどさ、ほら見てよ!昨日伝えといたのに、全く出来てないんだよ?ひどくない?」
「こーんなにたくさんあれば、誰だって数日はかかりますよ?それに、私知ってますよー?この仕事、本当は笹原さんが部長に」
「あー!もうこんな時間だ!早く仕上げないと、会議に間に合わないよ!」
「あ、ほんとだー!急がないとですね!」
「安田、もうお前いいよ。あとは俺がやるから、他のことやってろ」
「あ、はい……」
「美愛ちゃん、あとで会議室にお茶、よろしくね」
「はーい」
この日、僕は光を見つけた。
「安田さん、大丈夫ですか?」
それはとても眩しすぎて、直視なんて出来なくて、
「す、すみません、でした……ご迷惑、おかけして」
「いえ!あれは笹原さんが悪いんです!昨日、定時になってから安田さんに仕事押し付けてたの、私見てたんですよ。あんな量、一人で、しかも一晩で出来るわけないのに」
「あ……」
「それに、あの資料、今日の会議では使わないんですよ?」
「え、そうなんですか!?」
「安田さん、いいように使われてるだけなんです!いじめですよ、こんなの!」
「いや……」
「安田さん、優しいから何も言わないと思って、つけあがってるんですよ……ほんと、ああいう人大っ嫌いなんです。だから、黙っていられなくて……私こそ、なんだかでしゃばって、迷惑でしたよね」
彼女が少し悲しい顔をした。
光が、小さくなった。だめだ。この光を消しちゃ、だめだ。
「い、いや、迷惑だなんて……」
「ほんとに?」
「は、はい。本当です。助かりました。あ、ありがとう、ございます」
彼女の顔に、光が戻った。ああ、やっぱり、眩しい。
「なら、今度、お礼してもらおうかなぁ」
「え?お礼、ですか?」
「はい!だめ、ですか?」
この眩しさに目のくらむ人がたくさんいるのも頷ける。
僕も、もうこの光の虜になっている。けれど、僕の存在を受け入れている人なんて、この世界に誰一人としていない。両親でさえ、僕に関心がない。友人もいない。
孤独な僕は、彼女の眩しすぎる光に簡単に消されてしまう。
「安田さん?やっぱり、迷惑でしたか?」
「あ、いえ!迷惑だなんてそんなことはないです」
「良かった。なら、さっそくなんですけど、今夜って、空いてますか?」
「こ、今夜?」
「城須ビルに美味しいお店が出来たんですけど、一人じゃ行きにくくて……一緒に行ってもらえませんか?」
「城須ビルって、あのおしゃれな高層ビルですよね?そんな場所でご飯するのに、僕とで、いいんですか?」
「もちろんですよ!」
「いや、でも、僕なんかより、ほかにふさわしい人がいると思います……出来れば、他のを」
「あ、そうですか……」
分かりやすく、ガッカリする彼女。
「じゃ、じゃあ、また何か考えておきますね!」
そう言って、仕事に戻る彼女。
僕はこの日、あの彼女の悲しそうな顔がずっと頭に張り付いて離れなかった。
定時になり、僕は一生分の勇気を出して、帰り支度をしている彼女に声をかけた。
「安田さん?どうかしました?」
「あ、あ、あ、あ、ああ、あの」
「えっ、あの、落ち着いてください?」
驚きながらも、ふふっと笑う彼女の顔に、僕は心を決めた。
「こ、今夜、僕の、ご飯を食べてください!」
僕の言葉に、彼女はぴたりと固まった。
「い、いや、あの、今朝の、その」
その瞬間、彼女は吹き出した。
初めて見る彼女の満面の笑顔に、僕はただ見惚れていた。
「もう、安田さん、言葉の使い方変ですよ?はぁ、お腹痛いっ」
ククク、と肩を震わせている彼女。
そんな彼女になぜか、ふっと僕の緊張も解れ、一緒に笑った。
人と笑い合うのは、初めてだった。その相手が彼女で良かったと、心からそう思った。
「安田さん、お肉はお好きですか?」
「は、はい!好きです」
「良かった!あの、私、結構食べますけど、引いたりしませんか?女の子は小食が当たり前~とか、思ってませんか?」
「そんな!というか、お恥ずかしいんですが、僕、女性の方と食事をしたことがないので、どのくらい食べるとか、そういうのはよく分からないんです」
「そうなんですか?」
「はい……でも、僕はたくさん食べる方なので、一緒に食事をする人もそうだと、楽しいし、嬉しいです」
「安田さん、本当に優しいですね」
「えっ」
「よし!じゃあ、一緒にお肉、いっぱい食べに行きましょう!あ、もちろん割り勘ですよ?」
「あ、はい!」
この日から、暗闇だった僕の世界は、彼女の眩しいほどの光に照らされていった。
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