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夢を見ていた気がする。随分と昔の夢を。
まだ僕が生きた肉の味を知らなかった、もう戻れない子どもの頃の夢だ。
「……ラント、ユーラント」
耳障りの良い聴き慣れた声が僕の名前を呼んだ。
どれだけぐっすりと眠っていても、彼女の声を聞くと僕はすぐに目が醒める。
カタコトと揺れる荷台の中で僕は薄っすらと目を開けた。
彼女は僕の顔を覗き込んでいたらしく、すぐ近くに顔があった。
透き通るように白い肌と琥珀色の瞳は暗い荷台の中でもまるで輝いているようによく見える。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す僕を見て、彼女は金色の髪を揺らしながら小さく笑った。
寝入りの記憶はないのだけど、どうやら長い間眠っていたらしい。
見える景色がすっかり様変わりしていた。
さっきまで深い森の中だったのに今ではぽつぽつと建物が見える。目指している街が近いのだろう。
「……ごめん、僕、寝てたね。フィレナ」
僕たちが乗っているのは馬が引く荷台の中だ。
決して乗り心地が良いとは言えないけど、どこでも寝られることが数少ない僕の特技の一つだから、揺れることは眠りを妨げる問題にはならない。
とはいえ寝入って良い理由にはならない。街から街へ渡ることは危険も伴うのだから。
フィレナはとても強いけど、僕が眠っていれば足手まといになってしまうだろう。せめて危ないことがあっても素早く逃げれるようにはしておかないといけない。
しっかりしなくては、と僕は自分の頬を両手でぱちんと挟んだ。
それを見たフィレナはくすくすと笑いながら僕の手を掴んだ。
そんなことしなくていいのに、と囁くフィレナの声はひどく優しい。
「気にしなくていいのよ、ユーラント。昨日は眠るのが遅かったものね。今日は宿に泊まってゆっくり寝ましょう」
まるで幼子に言い聞かせるような口調だ。
でも子ども扱いしないでとも言えない。フィレナからして見れば僕なんて本当に子どもにしか見えないのだろう。
見た目は僕と同じように少女と言える年頃だけど、本当はもっとずっと長生きしているのだから。
「……お腹空いた?宿までは我慢してね。いっぱい食べさせてあげるから。大丈夫? それまで我慢できる?」
「出来るよ。子どもじゃないんだから」
ついそう口走ってしまう。それさえも子ども染みているとは分かっているのに、止められなかった。
バツが悪く俯く僕をフィレナは優しい眼差しで見つめて、でもそれ以上は口を開かなかった。
揺られる荷台の中で持ち主のおじさんに着いたと言われるまで僕らは黙って隣に座っていた。
フィレナがおじさんにお礼の硬貨を数枚渡し、僕らは荷物を持って街へと繰り出した。
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