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「すごい賑わいだね」
ちょっと不貞腐れていたのもすっかり忘れ、僕は周りをきょろきょろと見渡しながらそう言った。
前に訪れた街とは比べ物にならないほど人が多いし、以前訪れた村のように似たような人が集まっているというわけでもない。
見た目や格好が様々な人たちが行き交っている。これなら僕とフィレナが目立つこともないだろう。
目立たないのは良いとして、お世辞にも背が高いとは言えない僕とフィレナはすぐにお互いを見失ってしまいそうだった。
僕の言葉に頷きながらフィレナが躊躇う様子もなく僕の手を取る。はぐれないようにとぎゅうと手を握られると、姉みたいだな、なんて思った。
そんなものいたことがないからよくは知らないけど、フィレナの振る舞いはそれに似ている気がする。
「うん、人も多い。旅人らしき人もちらほらいるし、市場も規模が広いね。これなら予定通り商売も出来そう」
商売をする為の届け出の確認をしなきゃ、とフィレナがしっかりと前を見据えながら言った。
フィレナの背中に背負われたものをちらりと見る。一見どこにでもありそうな汚れた布の容れ物だけど、中身はとても貴重なものが溢れている。
この街で売る予定のもので僕らの生命線でもある。
フィレナの物とは違い、僕の背に背負われているのは在り来たりな日常用品ばかりだ。
無くなれば困るけどまた買えばいいものばかり。例え僕がドジを踏んで盗まれても大丈夫なようにこれを持たされているのだろう。
フィレナは決して口にはしないけど、そういうことだ。
フィレナは僕なんか足元にも及ばないくらい強いからこれは正しい采配だけど、いつかフィレナが背負うものを僕が一つくらい持てるようになれればいいなと思う。
フィレナは僕の恩人で、旅をする上での唯一無二の相棒なのだから。
そんなことを思いながら、フィレナと呼びかけようとした時、思わず足が止まるような言葉が耳に飛び込んで来た。
「聞いたか! 人喰いが出たそうだ!」
深刻なその内容は恐怖というより好奇心によって発せられているように聞こえた。
差し迫った危険を知らせているのではなく、聞きつけたことを誰かに話したいが為の言葉なのだろう。
つまりこうして足を止める理由にはならないし、目立つ行動を慎む方が良いことも頭では理解していた。
それでも、その言葉と反応する人々の声が耳から離れない。
本当かい。人喰いだって。怖いねえ。もう始末はしたのか。
そんな人々の声に体が勝手に固まってしまう。
心から順番に身体に冷たさが巡って、指先まで冷え切っていくようだった。
フィレナに手を握られていることを忘れてしまうほどに。
「大丈夫よ」
それでもフィレナが僕の顔を覗き込むと、微かに正気に戻った気がした。
フィレナの綺麗な瞳で見つめられると、小難しいことなんて考えていられないのだ。
「そう簡単に見た目で分かるものじゃないわ」
フィレナが小さな小さな声で囁いて僕の手を引いた。
大丈夫、大丈夫よ。そう僕をあやすように。子ども扱いされているとは思いつつも、安心してしまう心は素直だ。
フィレナに任せておけば間違いはない。だから、大丈夫なのだと無条件に安心できる。
「さあ、ユーラント。今夜の宿を探しましょう」
フィレナが優しく微笑んでもう一度強く僕の手を引いた。
これ以上僕が怯える言葉は聞かなくていいとでも言うように。
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