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僕は生まれた時から人喰いだった。
もちろん生まれた時のことは覚えていないから、これは僕が大きくなって両親から聞いたことだ。
人の少ない侘しい辺鄙な村で僕は生まれたという。
薄暗い部屋の中で母は身内の数人に囲まれ世話をされながら僕を生み、その時ばかりは元気に産まれたことを喜んだらしい。
父が生まれたばかりの僕に鋭い歯が生え揃っていることに気づくまでは。
人間の赤子としてはおおよそ相応しくないほどに生えた歯はそれだけならばまだ問題は無かった。
歯が生えているために乳をあげることには苦労したらしいが、どうにでもなっていたという。
自分達の子どもにもう歯が生えているということは周りの人には決して言わなかったらしい。
第六感で良くないものだと感じ取っていたのかもしれない。
うちの子どもは体が弱いからと言って、外にも出さずに出来るだけ誰にも会わせずにいたという。
問題が現れたのは食物を食べるような時期の頃だったらしい。所謂離乳食といった類を僕は一切口にしなかった。無理に口に入れてもすぐに吐き出してしまったという。
その時点で父は察していたものがあったらしいが、まさかとは思い口にしなかったという。いつか食べるようになってくれると両親は無意味に励ましあっていた。
しかし、そうも言っていられない出来事が起こった。飢えた僕は母に噛み付いたらしい。子どもらしくもない歯で一心不乱に食べようとしていたという。
まだ幼い子どもだったから引き離すのは容易だったらしいが、その力さえ普通の子どもの力では無かった。
もう言い逃れは出来なかった。自分達の子どもは人喰いなのだと、両親はついに認めたという。
人喰いというのはその名の通り人を喰う者のことだ。
普通の人間から突如生まれ落ちる者で、それを防ぐ手立ては今の所見つかっていない。
呪いだの前世の罪だの色々言われてはいるがどれもはっきりとした証拠はない。
ただ生まれたのが人喰いならば速やかに始末しろということだけが何処に行っても変わらない決まりだ。
ごく稀に何らかの理由で生き延びる人喰いが人を襲っては喰い殺すことで問題になっているからだ。芽は早いうちに摘んでおいた方がいい。
僕の両親はそれが出来なかった。優しくも愚かな人達だったからだ。
人喰いの息子に笑いかけ、どうにかして食べるものを探して来ていた。息子が自分達を食べたがっていることさえ知らずに。
いや、知ってはいたのかもしれない。それでも側に置いたのだから愛されていたのだろうと想像することくらいは僕にも出来る。
両親はいつも墓を掘り返していたらしい。夜中にこっそりと見つからないように。そして掘り起こされた肉を僕が食べるのだ。旨味が薄くなった死んだ肉。それでも飢えた体には美味しく感じられた。
人の肉を美味そうに喰う自分達の子どもを両親はどう思いながら見ていたのだろう。そんなことを最近、時折ふと思う。
もう確かめようもないけれど、そう思うのだ。
食べるのに夢中で気にしていなかったけれど、もしかして僕に自分の肉を食べさせるフィレナのように優しい目をしていたのかもしれない。なんの確証もないのにそう信じてしまう自分がいた。
人喰いを生んだことは二人の罪ではないだろうけど、僕を育てたのはきっと二人の罪だろう。
二人は僕を、人ではない息子を、愛してしまったのだから。
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