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僕が満足いくまでフィレナを食べ終えると、瞬く間に喰われた肉は戻っていく。
赤くぬるついた肉の断面から白い肉が覗く光景は何度見ても不思議だ。
普通ならあり得ないのだから当然だろう。一度失った手が生えてくることなど普通なら絶対にないことだ。
「それって、痛くないの?」
フィレナの腕に垂れた血を勿体無いからと舐めさせてもらった後に、ふと思い立って尋ねてみた。
前に食べている時にも尋ねたことがあるのだけど、それには「痛いけど、大したことはない」と笑って答えられた。
こうして治している時の痛みは無いのだろうかと思ったのは純粋な興味だった。
「慣れてるから、平気よ」
ということは痛くないわけではないのだろうと思うと、申し訳ない気分になる。
それなのに、いつだって食欲は抑えられない。もう少し成長すれば食べる量は減るだろうか。
今の時期は所謂成長期だろうと思うから、それが過ぎればマシになるのかもしれない。
自分の手を見ながら僕は少しだけ首を傾げた。
そういえば最近はあまり背が伸びていない気がする。前はもっと目に見えて成長していたと思うのだけど。
もしかしたら成長期が終わるのだろうか。今でもフィレナとさほど変わらない背丈しかないのだけど、まあ大きくても食事量が多そうだからこれはこれでいい。
フィレナにかける負担が少なくなるかもしれないと僕はほっと息を吐いた。
フィレナの痛々しい傷跡が嘘のように消え、元の綺麗な手に戻る。そのことに安堵する自分が僕は好きではない。
フィレナを食べたことに変わりなんてないのだから、僕が安堵する筋合いなんてないのに。
元に戻った手でフィレナは手早く食事を取った。市場で買ったものをひょいひょいと口に放り込むフィレナを僕はぼんやりと見つめる。
僕が食べてもちっとも美味しくないものだけど、フィレナが食べる様子は美味しそうに食べるなぁとは思う。食べたい、とは微塵も思わないけど。
フィレナの食事が終わると、もう窓の外は暗くなっていた。フィレナがもう寝ましょうと笑いかけてきた。商売の準備は明日でいいということだろう。
フィレナが近寄って来て僕の頭を撫でた。そしてひときわ柔らかく微笑む。
「おやすみ、ユーラント。いい夢を」
よく悪夢を見ると僕が言ったからだろう。
フィレナはそんな言葉を掛けてくれた。もしかしたら今日の昼間、眠ってしまった僕を起こしたのは僕が魘されていたのかもしれないと今更ながらに思った。
フィレナはいつだって僕が気づかないようなところでも僕に優しい。
隣のベッドにフィレナが入ってしばらくすると一定の穏やかな息が聞こえてきた。
荷台で眠ってしまったからか、僕はすぐには眠れない。
「……フィレナ」
知らず知らずのうちに零れるようにフィレナの名前を呼んでいた。
眠るフィレナは僕と変わらないくらい幼く見える。
「どうして君は僕を助けたの」
君に利益なんて一つもないはずなのに。ねえ、どうして。
直接尋ねてもフィレナは答えてくれないから、もう何度も浮かび続けるその疑問を僕は眠るフィレナに投げかけた。
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