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次の日はフィレナ曰く、絶好の商売日和だった。
商売というものは暑くても寒くても問題があるらしく、程よい気温と程よい天気が商売の味方だという。
フィレナの売り方はとても上手いと思うから、僕はいまいちその辺りの因果関係が分からないのだけど、フィレナがそう言うからにはそうなのだろう。
運良くと言えばいいか、この街で商売をする手続きは簡単に出来た。もちろんずっと商売をするわけではなく、一時的であることとフィレナが試しに見せた商品によって簡単に通ったというのが正しい。
市場の片隅に商品を並べる。あまり丁寧に並べてはいけないらしい。多少雑多に見えるように洒落込み過ぎないように。それでいて人の目を引くように。
まだ僕は完璧には出来ないけど、だいぶ上手くなったと思う。僕が並べたところもほんの少ししかフィレナの手直しが入らなかったから。
並べ終わった辺りでフィレナが声を上げると人がちらほらと集まり始めた。フィレナが売るものはとても貴重なのだ。
「おや、魔女の物売りかい」
年老いたお婆さんが顔をほころばせながらそう言った。
とても嬉しいと言わんばかりの表情だ。こういった顔を見るのもよくあることだ。
魔法を使えるものはいるにはいるが珍しいし、大抵の場合王都にいるからかもしれない。こういった所にいるのは更に珍しい。
厳密に言うとフィレナは魔女ではないらしい。フィレナ曰く、多少の魔力はある程度長い間修行すれば誰にでも身につくものだという。
長く生きる間で学んだと言っていた。魔力があるならそれは魔女ではないかと思うのだけどそうではないらしい。それ以前の問題だと言っていた。よく分からない。
本当の魔女は歳をとることを恐れないのよ、とフィレナは前に言っていた。その言葉の意味も僕にはまだ分からない。
「私はまだ見習い魔女よ。でもどれも魔女のお墨付き。おひとついかが?」
フィレナがにっこり笑うと、商品は飛ぶように売れていく。
本物の魔女だと明言しない方がいいのだと言っていた。
見た目の幼さから本当にそうなのかと疑われる時間が無駄だからとフィレナは笑っていた。だからあくまで見習いと言っておく方がいいのだ。
そうなると僕はどう思われているのだろう。手伝いとか使用人とかかな。使い魔だとかだとちょっと面白いんだけど。
魔法をかけて羽ばたく小鳥の木の置物とか喋るぬいぐるみとか飲むと瞬く間に元気になる薬を入れた小瓶だとかがよく売れた。
大体のものが売れたから僕とフィレナはそっと笑みを交わした。これでお金の心配は無さそうだ。
時々魔法を信用していない地域では逆に金を請求されて困ったりもするのだ。これで次の街に行くのも心配は無い。
同じ場所に長い間留まれないのは大変だけど新しい場所を見れるのは楽しみでもある。
僕はずっと部屋の中にいたから何もかも新鮮だ。
「見習い魔女さん、防御魔法の道具はないのかい」
「ああ、はいはい。ちょっと待ってくださいね、そういうのは表には出してないんですよ」
無意味に買われたら危ないから、とフィレナは悪戯っぽく笑った。
フィレナがごそごそと奥から取り出して来る物を見て、尋ねてきた人は安心したように微笑んでいる。
なんでもない素振りを装って、フィレナはその人に商品を渡すついでに尋ねた。
「何か危ないことでもあったんですか?」
「最近、人攫いの噂があってね。この辺りにも出たら困るから」
一人が言うと自分も聞いた、などと周りが騒ぎ始めた。どうやら既に隣街では攫われた人が何人もいるらしい。
「人喰いだの人攫いだのこの頃はなんだか物騒だねえ」
僕が一瞬固まってしまったことはきっと気づかれてはいない。フィレナがさっと僕の前に立ってくれたからだ。
「この商品はまだ幾つかありますけど、買われますか? きっとお役に立ちますよ」
小さな盾のようなものを持つフィレナの一声で皆が我先にと手を伸ばしてきた。
いつもは自分たち用にと残しておくものまで売って早めに店仕舞いをしたのは僕に気を使ってくれたからだろう。
その気遣いが嬉しくて、同時に申し訳なかった。
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