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昨日とは違う宿に入り、明日の相談をしようとする僕より先にフィレナが口を開いた。
「この街は早く出た方がいいかも」
妙に深刻そうなフィレナは珍しくて、僕はすぐに返事が出来なかった。
最低でも一週間は在住するつもりだったのに、すぐに街を出ようという話になったことには驚いた。
「どうして?」
「近くに人喰いがいるかもしれないから。それに思ったよりも広くそのことが話されてる。ユーラントが見てない時に色々聞いてみたんだけど、結構近くの場所で襲われた人もいるみたい」
それは確かに普通の人からすれば怖いことかもしれないけど、フィレナからしてみればそんなことはないだろう。
フィレナは僕に出会う前に人喰いを殺したことのあるほどに力のある人だ。
僕だって仮にも人喰いなわけできっと襲われないと思う。だって共食いになってしまうから。
「ユーラントは同じ人喰いに会ったことがないけど、もしかしたら会ったら分かるものなのかもしれないじゃない? 私も一人ずつしか会ったことがないから分からないけど、人喰い同士なら分かるものがあるのかもしれないし」
「分かったら困るの?」
「ユーラントが人喰いだってことは知れ渡っていないもの。手配書だってない。これから先だって気づかれないに越したことないわ」
フィレナの言う通りだった。今まで勘付かれたこともないし、人喰いも人間も見た目は大して変わらないからバレないでここまで来れたけど、いつまでも幸運が続くとは限らない。
僕はいつまでも逃げなければいけない。生きていようと思うなら。
ずっとフィレナに苦労をかけながら生きていくしかないのだ。
「反対?」
フィレナが不安そうに尋ねる。本当は僕に意見なんて求めなくていいはずなのに、フィレナはいつだって僕を尊重してくれる。
「ううん、フィレナが正しい。バレる前にこの街を出よう」
フィレナが少しでも重荷に思わないように僕は必死に笑って見せた。上手く笑えているだろうか。
こんなことしか出来ない自分がひどく憎たらしかった。
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