ヒトの見る夢

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 フィレナが手慣れた様子で交渉してくれたおかげで、比較的安い値段で次の街まで荷台に乗せてくれる人を見つけることが出来た。  近道をすると言って人気のない道をガタゴトと進み始める。しばらくは何もすることがない。次の街は平和だといいな。  そんなことを考えていると、フィレナが不意に口を開いた。 「いつもこんなに悪い道を通るの?」  その問いかけは僕に向けられたものではない。ああ、そうだよ。という返答は明らかに間があって返ってきた。  やっと僕にも何かおかしいということが分かってきた。フィレナはきっともう少し前からおかしいと思っていたのだろう。  フィレナは僕の方を見ないままにそっと声をかけてきた。 「……ユーラント、荷物を持って」  微かに頷いてバレないように静かに荷物に手を伸ばした。 「私が合図したら荷台から飛び降りて」  何がどうしたのかなんて尋ねる暇はなかった。でも問題はない。フィレナが言うことはいつだって正しいのだから。  大丈夫だと思えた。フィレナの言う通りに行動すれば何も怖くはない。  大丈夫、とフィレナに向けて小さく笑って見せた。きっとフィレナには僕の顔が見えていたと思う。  それなのに笑い返してはくれなかった。小さく笑おうとして失敗したような顔をしていた。 「いち、にの……」  さん、とフィレナが声を上げ、僕らは手を繋いで荷台から飛び降りた。スピードがあまり出ていなくて助かった。転げることにはならなかったから、そのまま走る。 「あ、おい、待て!」  後ろからそんな声が聞こえたけど、止まるような馬鹿はいない。  あいつは何を企んでいるのだろう。まさか僕が人喰いだと分かったわけではないだろう。そうなれば人攫いだろうか。 「こっちよ。大丈夫、身を眩ませれば……」  フィレナが力強く僕の手を引いた。この手はいつだって安心する。初めて会った時から何も変わらない。 「うわ!」  突如としてフィレナと繋いだ手が離れた。僕が背後から誰かに力任せに引っ張られたからだ。  振り返るとさっきの荷台の持ち主だと分かる。こんなに早く追いつくなんて、何度も似たようなことをしているのだろう。だから手慣れているのだ。 「ユーラント!」  フィレナの声がひどく遠くで聞こえる気がした。すぐそこにいるのに。大丈夫だよ、と言いたいのに、逃げ出さないようにときつく首を掴まれているから上手く声が出ない。  少し掠れた視界でフィレナの顔がひどく歪んでいるのが見えた。どうしてそんな顔をするんだろう。  僕は大丈夫だし、もし何かあってもフィレナだけならこんな奴、なんてことないのに。 「手間かけさせやがって」  木の陰からもう一人の男が現れた。そいつが何故か動かないフィレナの側まで行って、フィレナの腕を捻り上げる。  咄嗟に動こうとした僕を脅すように更に力を強められた。けほ、と軽く咳き込むだけで済む。僕が人喰いで人より丈夫な体だからだ。 「魔女の見習いだそうだな。高く売れる」  機嫌の良さそうな声に吐き気がした。こいつらの狙いはフィレナだ。  一体いつから目をつけられていたのだろう。大抵の奴は魔女の報復を恐れてこんなことしないのに。 「動くな。お前が動けばこいつを殺す」  気がつくと、僕の首元にひやりと冷たいナイフが押し当てられていた。  その時になって僕はようやく気づいた。僕がいるからこんなことになっているんだ。  僕がいなければフィレナは狙われなかった。僕がお荷物だからきっとすぐに攫えると思ったんだ。  そうか、そうか、そうだったんだ。僕が、僕の、せいで。馬鹿馬鹿しい。  顔の近くにある男の手まで口を持っていくのは少し大変だったけど、なんてことはない。  今この瞬間もフィレナは痛い思いをしているのだから、このくらい本当になんてことない。  必死で身を捩ると、ナイフが首に少し刺さって、フィレナの甲高い叫び声が聞こえた気がするけど、気にしなかった。  勢いよく僕は男の手に噛み付いた。ガリゴリ、と骨まで一気にだ。フィレナではないのだから遠慮はいらない。  ああ、それにしてもひどく不味い。墓場の死んだ肉よりも不味いなんて。フィレナの方がもっとずっと美味しい。 「人喰いだ!」  男の悲痛な叫び声はひどく遠くで響いている気がした。
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