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ベッドを置いた畳敷きの六畳間と、その先の板敷きの二畳半の台所の間には、引き戸すらない。「ワンルーム」のアパートの玄関ドアは合板製で、おまけにかなり古い。平坦なリズムで再びドアをノックする音が、また同じ回数だけ必要以上に耳に響く。叩き慣れた、ノックし慣れた音。この安アパートの住人を小馬鹿にしたような拳の動きが目に浮かぶ。拳の持ち主は、玄関ドア脇の曇りガラスに鼻先を突けんばかりに顔を寄せている。
(さて、なんと呼ぶ)
了介は、耳をすませた。
「ヒシタベさーん」
と低く、柄の良ろしくない声。
(こいつもヒシタベかよ。これだから拡張員は)
この安アパートは、「しょっぱい」。勧誘ズレしているので、滅多なことでは玄関ドアは開かない。新聞拡張員を生業としている了介も、他の住人同様に同業者には門戸を閉ざす。新聞であれ、宗教であれ、勧誘を受けるのはご免だ。表札に記した「日下部」を「クサカベ」と読んでくれた拡張員には、曇りガラス越しに、うちは同業者だよ、とおしえてやる。そうでない場合は無視を決め込む。柔道やプロゴルフに同じ名字の一流選手がいたので、相手にする気にはなれない。
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