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了介は、昔付き合った女の顔とその一人暮らしの部屋を対にして脳裏に浮かべてみる。真紀じゃねえな。由里子か。それとも奈央……。人妻の早季子が押しかけ女房さながらに、この部屋にやってくるようになってから、間もなく三年になろうとしている。月収は徐々に増えているが、出費は早季子のおかげで徐々に減っていて、銀行口座の残高は月を重ねるごとに増えている。
「むなしいねえ」
と了介は呟いていた。あまり胸を張っては言えないが、新聞拡張員の仕事は順調だ。収入も貯金も独身の三十男には充分すぎるくらいある。女は三つ年上の早季子の他に、一つ年上の加藤葵もいる。しかし、声に出して、あるいは心の中で、むなしいねえ、と呟く回数は月を重ねるごとに増えていた。
「いけねえ。高山さんと約束してたんだった」
了介は、卓上ホルダに載っかった携帯電話を手に取り、高山良男に今から家を出る旨のメールを送信して、服を着替えはじめた。仕事着でもあるトレーニングスーツの色は、冬場の新聞拡張員にもっとも相応しく思える白を選んだ。
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