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三年生になってすぐ、僕はある女子生徒に告白を受けた。
さっきも言ったが、僕は顔が良かった。
学年、いや、学校中で一番とまで言われたくらいだ。
告白は何回か受けたことがある。
勿論僕は断った。
自分がゲイであると思っていたし、僕は僕に自信がなかった。
顔がいいだけで、頭も運動神経も中の下である僕はなんの取り柄もなかった。
そんな僕が誰かを幸せに、誰かと幸せになれるとはどうしても思えなかった。
その日も断り、ごめんねと謝った。
彼女は頷き、俯いたまま帰って行った。
このときはいつも胸が苦しかった。
何度僕も思いを伝えようかと考えてしまったことか。
その日は、何事もなく家に帰った。
このときは、父と母の仲がいまいち良くなかった。
言い争いはやまず、暴力に発展することもあった。
そんなときはいつも部屋に引き篭っていた。
翌日、僕はいつも通り学校へ向かった。
教室のドアを開け、席へ向かっていると、妙な雰囲気に気づいた。
何人かがこちらを見ていた。
そちらを見ると、あからさまに目を逸らされる。
不思議に感じていると、一人の男子生徒と昨日告白してくれた女子生徒が近づいてきた。
女子生徒は泣いていた。
ギョッとし、声をかけようとしたとき、男子生徒が静かに言った。
「お前、最低だな。」
僕はなんのことかさっぱりわからず、戸惑っていると、男子生徒が胸ぐらを掴んできた。
「こいつになんでそんなことしたんだよ!」
僕は戸惑って声が出せない状態だった。
女子生徒が止める。
「やめて、私が悪いの、私が天野くんに告白したから…」
「おまえは悪くないだろ!こいつが全部悪いんだ!」
僕は何を言っているのかさっぱりわからずにいると、親友の彼が教室に入ってきた。
「何をしてるんだ!離せ!」
一旦落ち着いたが、教室の雰囲気は悪いままだった。
男子生徒が僕を睨んでいると、彼が聞く。
「なんでこんなことするんだ!?」
男子生徒が言いにくそうにしていると、女子生徒が前に出た。
溢れる涙をハンカチで拭きながら、掠れた声で言う。
「…私が昨日、天野くんに告白したの。そしたら…お前みたいな奴は、僕に釣り合わないし、お前は胸がでかいだけの馬鹿だって…言って…それで…。」
そこで女子生徒は言葉を詰まらせた。
僕は察した。
告白を断られた腹いせに、僕を貶めるつもりだと。
しかも、最悪なレッテルを貼って。
泣き崩れた女子生徒を女子生徒の友達が慰める。
それを見た男子生徒が怒りをあらわにする。
「てめぇ、よくそんなことを!!」
また掴みかかろうとする男子生徒を彼がとめた。
「待って!それってホントのこと?あまがそんなことするわけない!!」
彼は僕のことをあまと読んでいた。
いわゆるあだ名だ。
僕は完全にアウェイの状況で、僕を庇ってくれた彼に涙が出そうになった。
それもつかの間、女子生徒が立ち上がる。
涙を吹いていたハンカチを握りしめる。
「狩野くん、そんなこと言っていいの?私、見ちゃったの…」
静かに言うと、女子生徒が息をすう音が聞こえる。
「天野くんが狩野くんの体操服盗むところを。」
狩野くんというのは親友である彼の名前だ。
狩野 涼介。
彼は1週間前に、体育の授業後に体操服が誰かに盗まれた事件が起きた。
翌日には彼のロッカーに洗われた状態の体操服が平然とあった。
何に使ったのか、誰が使ったのか今でも分からないままだった。
体操服を忘れた誰かが、盗んだんだろうという話で落ち着いていた。
勿論僕は盗んでない、真剣に探したくらいだ。
僕は冷や汗が止まらなかった。
何故そんな嘘をつくのか、安易に次の言葉が予想できた。
「天野くん、私に言ったの。僕はりょうにしか興味がないって。」
教室の空気がさらに重くなる。
僕は彼のことをりょうと読んでいた。
親友だから、あだ名で呼びあうのは変ではないだろう。
僕はそのとき冷や汗が止まらず、視界がぼやけるような感覚だった。
それは間接的にゲイであることや、りょうが恋愛対象だということを広げられていたからだ。
女子生徒が言ったことは最終的に事実であることもさらに追い打ちをかけた。
教室の雰囲気は最悪だった。
そんな中、りょうが言う。
「ありもしないこと言うなよ!俺たちは親友だ!そんな気色悪いこと絶対しない!な、あま…。」
後ろにいた僕に振り向いたりょうは僕を見て、多分、ゾッとしたんじゃないかな。
女子生徒の嘘よりも、男子生徒の暴力よりも、りょうの言葉が一番胸をえぐられた。
僕はりょうの顔すら見れずに、その場を離れた。
教室を出るとき、空耳だったかは分からないが、聞こえた気がした。
「顔がちょっといいからって…」
全速力で、学校を出た。
でも、家には帰りたくはなかった。
どれだけ走ったか自分でもわからないくらい走った。
きっと、すれ違った人は何事かと思っただろう。
溢れる涙を裾で吹き、たどり着いたのは公園だった。
とりあえず近くにあったベンチに座る。
涙は止まったが、胸の傷は治らなかった。
泣き疲れた僕は、年柄もなくベンチに横になり、縮こまっていた。
まだ春で、少し肌寒かった。
相当疲れたのか、気づいたら寝ていた。
見回りの警察の人に起こされ交番に連れられた。
勢いで来た公園だ。
帰り方なんてわかるはずもなかった。
そこから僕や周りの環境が一気に変化した。
ゲイとレッテルを貼られた僕は学校に行けず、部屋に引き篭った。
それから両親の関係も悪化した。
僕が火に油を注いだようなものだ。
別居をし始め、やがて父と母は秋に離婚した。
母と暮らすことになった僕は天野ではなく逢坂になった。
不登校の僕を抱えた母は、毎日働き詰めの日々を送った。
僕はずっと部屋に引き篭った。
何回か家に先生が来た。
僕は話だけでも聞いてやろうと扉越しで話をした。
でも、聞いても無駄だった。
また学校に来ないかの一点張り、ゲイを気持ち悪いと評する道徳のなっていない教師が扉越しにいた。
そんな言葉に揺れ動かされる安い心は持っていなかった。
それよりもりょうに言われた言葉の方がよっぽど辛かった。
それから何回も先生は来たが、全て追い返した。
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