部費の行方

1/1
前へ
/1ページ
次へ

部費の行方

――これはとある探検部の活動日誌である。 「ない!! なぁぁぁい!!」  探検部部長の小枝十姉妹(こえだじゅうしまつ)が悲鳴を上げた。  この頃流行りの草食系男子である。  授業の後、部室で部員が各々好きなことをして過ごしている夕方。  十姉妹は「部費」と書かれた封筒を逆さにして、その時落ちてきた100円玉を手にした。 「なんなの、十姉妹。うるさいわね」  十姉妹の様を読書中だった園華は煩わしそうに言う。  十姉妹と同級生の副部長の園華。  長い漆黒の髪が本人のクールさを演出している。文化部では園華の眉目秀麗さで抜きに出るものは恐らくいない。 「そうだぞ、十姉妹。月末になって部費が底をつくなど今までも同じだろうが」  同じく読書中の高國。彼はアメリカの私立の中学を十歳で卒業し、この高校に飛び級してきたリアルショタっ子である。  その捻くれた天才児は恐らく世のショタ好きな女性を虜にしてしまうだろう。  本人の身体のサイズでは大きく見えるビジネス書のハードカバーの隙間からしれっとそんなことを言った。 「だって、そんなこと言っても、先週までは2000円残っていたんだ!! それが、何故か週が明けて2日しか経ってないのにいきなり100円になっているのおかしいだろ!? 作為的なものを感じるよ!」  十姉妹は苦々しく封筒を見つめる。  部費は部長である十姉妹が管理している。  在籍5名という弱小文化部、探検部では、1ヶ月の部費が1万5000円の支給だ。  文化部とはいえ、探検部として銘打っているからには、あっちこっちと目ぼしい場所へ行ってはそこの場所を解き明し続けている彼らにとって、その金額は皆無に等しかった。  がしかし。  その部費の少なさも部員全員の想像力と妄想力で活動はカバーしていた。  例えば、近くの空き地に秘密基地を設け、巨大なキメラ(カラス)と戦ったり、廃墟になった病院で暗黒の魔女狩り(黒猫と遊ぶ)をしたりなど、いかに省エネで探検を楽しむかに力を注いでいるのだ。  十姉妹が全員をキッと睨む。 「みんな目を瞑って。使い込んだ人は正直に手を上げてくれたら今回は許してあげる」  部室にいる十姉妹以外の4人が目を瞑る。 「じゃあ、使い込んだ人、手を上げて」  十姉妹の真剣な声が部室に響きわたる。    その時だった。    恐る恐る挙手をした者がいた。 「って、全員かよ!!」  十姉妹が脱力しながら机を叩く。 「だってしょうがなかったんでちゅ」  最初に口を開いたのは自称昆虫のリロだった。  ピコピコと頭に生えている(付けている)触角がリロの動きに合わせ動く。  リロは平然と口を尖らせてぶーたれる。 「何がしょうがなかったんだよ」 ――証言者1、笠原リロ。 「あたち、先週の金曜日、財布を忘れたんでちゅ」 「だから!?」 「部活が始まる前に家から持ってきた水筒のお茶が無くなったからそこにあった部費を使ったんでちゅ。だから仕方ないでちゅ。水分補給は生体を維持する必須事項でちゅ」  リロは舌っ足らずな口で自身が妥当なことをしたと宣言する。 「だったら何で僕に言わないの!」  十姉妹の叱責に一切怯まず、あたかもそれが当たり前のように、 「だって、あとで返そうと思ってたんでちゅもん。あ、今返しまちゅ」  言ってリロは財布から100円を出した。  十姉妹はそれを受け取ると残金100円にそれを加えた。 「でもこれで解決したのはたった100円……次、葵」 ――証言者2、野々山葵。 「むー。自分もしょうがなかったのだー……」  部活中なのにも関わらず、メロンパンを始終齧っていた葵は口にパンくずを付けながら吐露する。 「先週の金曜日の昼、部室にお菓子を取りに来たら、赤い羽の募金箱を持った生徒が部室を通りがかったのだ」 「だからってなんで部費を使うんだ!!」 「むー……」  葵は一人むくれる。 「小銭がなかったのだー……」  言って葵も自身の財布を出しそこから100円出して十姉妹に渡した。  十姉妹はそれを受け取り200円に加算する。  しかし、何かがおかしい。  金曜日の昼間に葵は小銭が手持ちに無く、部費から出したとすると、その時点で既に部費に小銭が混じっていたことになる。 「つまりこれは、葵が金曜日の昼に募金をする前には既に、誰かが使い込んでいたということになるけど?」 ――証言者3、高坂高國。 「仕方ないだろ?  必要経費だったんだ」 「お前も何が仕方なかったんだよ!? 必要経費って何さ!?」  唯一探検部で十姉妹以外の男子、高國に強い剣幕で押す十姉妹。 「これだ」  高國はそっと机にメモ帳を置いた。 「何これ?」 「メモ帳だ。見て解らないのか? 脳ミソ腐っているのか? お前はゾンビか?」  高國は下衆を見るようにジト目を向け十姉妹を見下す。 「勝手に使い込んでいる癖に態度デカイな、お前はっ!! で、なんでメモ帳なの!?」 「見てわからんのか? これはかの少年に大人気有名コミック、海賊王のメモ帳だ。このイラストが珍しかったんだ。なかなか無い構図でな」 「は? どこで買ったの?」    言うと高國は指でトンと机を叩くと、 「ここで」 「は? こんなん購買部に売っていた?」  高國はかぶりを振って、 「いや、代引きでだ」 「代引き!? ここ、宅配業者来るの!?」 「ア〇ゾンは優秀だぞ」 「そんなもん、家に届けろよっ!! バカ高!!」  ごちん、と高國を殴る十姉妹。 「いた! お、おのれ……か、返せばいいんだろ、返せば……」  渋々と云ったように高國が財布から550円出した。 「550円て……絶対送料のが高いだろうが……」  怯える高國にジト目を向ける十姉妹。 「……最後は私ね」 ――証言者4、若草園華。 「園華……!! お前は1150円も何に使ったんだ!!」  十姉妹は大きな声で園華を叱る。  しかし園華はそれを聞くと、嘆息しながら小説を机に置いた。 「馬鹿言わないで頂戴。私は今朝、ここに来た時150円を遣っただけよ」 「は!? だって、ここにはあと1150円足りないんだぞ? どう考えても園華以外遣い込んだ人間がいないじゃないか」 「早計よ。私は本当に150円しか遣っていないの」  十姉妹の剣幕に押されず冷静に吐く園華。  その姿は嘘をついている様子が見えなかった。  十姉妹はその冷静さに気圧され、落ち着くと、 「じゃあ、その150円の行方はなんなの?」 「ノート代よ」 「ノート?」 「ええ。現国のノートのページが無くなったから新しく買ったのよ。そう言えば……」  園華が十姉妹に冷ややかな目線を向ける。 「今日、貴方、私に現国のノート貸してって言いに来たわよね。あれ、私が用意したから取れたものよ。それをこんな容疑者扱いするなんて……」 「う……」  実際のところ容疑者なのだが。 「汚物ね」 「うぐ……」  園華の毒がクリティカルにヒットした。  園華はひと思いに刺を刺すと、財布から150円を出した。  机に揃ったのは1000円。 「これ、結局あと1000円ないじゃないでちゅか」 「そうね。あとの1000円はどこに行ったのかしら」    全員それをのぞき込んで頭を抱える。 「まさか……十姉妹なんじゃないのか?」    高國が十姉妹に疑いの眼差しを向けると、全員が鬼の形相で十姉妹を睨む。 「まさか、ここで汚職が発覚するとはね……」    園華が文庫本で襲い掛かろうとする。十姉妹はそれを制しながら、 「う……ぼ、僕なわけないだろう! そんなことしていたらみんなにこんなこと言わないよ!」  十姉妹は、再び全員を見て疑いの眼差しを向ける。 「ほんっとーにもう誰も遣い込んでない? 言うなら今だよ!?」  しかし全員は黙ったままだ。 「こ、これはもしかして本当に事件だったり……」  十姉妹が言うと、全員はごくりと息を飲んだ。 「事件か……風紀委員は何してるんだ!!」  高國がドン、と机を叩く。 「そうよ!! 私達の分まで予算遣ってるくせに!!」  園華も乗ってきた。  全くこの部の連中はなんとも被害者面が上手い。 「全くでちゅ! じゅうしまちゅ、これは生徒会に報告なんでちゅよ!!」  リロは十姉妹の手を引いて生徒会に乗り込もうとしている。 「そ、そうだね……ここは部長としてビシっと盗難の報告を……!!」  言って、みんなで十姉妹の意図を組み、頷く。    がしかし、そこで一人、葵が封筒を掴んだ。 「これ、本当に入ってないのかー?」 「ないよ、だってさっき……」    十姉妹がそこまで言うと、葵は封筒を思い切り振ってみせる。 「「「「あ」」」」  封筒からひらりと野口英世が出てきた。 「奥に引っかかっていたみたいだぞ」  葵が1000円札を広げて言う。  野口英世と富士山の重なりを透かしながら葵がふぅ~っと1000円札を息で浮かす。 「フリーメーソーンー」    葵は楽しそうだ。 「あは、あはは……」  十姉妹は全員からの殺気を感じた。  今度は十姉妹が全員に襲われたのであった。 ――探検部の非日常な日常・スピンオフ~完~
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加