夕立は連れてくる

笑う女性

彼女とバスに入り、隣り合うようにバスのつり革をつかみ並んだ。
「夕立ってご存じですか」天気の話は続くようだ。
「ええ、まあ突然雨が降るあれですよね。この雨も、あの夕暮れもそうですよね」
彼女は一般常識ですよねと言わんばかりの微笑みを僕に見せた。
「そうなんですけど、雨の量が多すぎて、川が氾濫してしまう地域もあるですよ。それに最近では雷が人に落ちてしまった事例もあるのだとか」
彼女はまるで買ってもらったおもちゃを自慢する女の子のように目を光らせて僕に説明した。しかし苦には感じなかった。
なぜなら彼女の声は歯切りがよく透き通るような優しい声の持ち主だったからだ。
「この天気に、そんな怖いことやめてください。もし自分に落ちたらどうするんですか。」
また彼女は無邪気で喜色(きしょく)に微笑んだ。
「大丈夫ですよ。木に近づかなかければですけど、しかも避雷針という雷を誘導するものまで今はありますからね」
「物知りですね」
「実は気象予報士になるのが夢なんです」
彼女の眼は確かに真っすぐで、自分ではない確かな未来を示すかのように使命感を感じる眼差しをしていた。その黄銅色に光る眼はきっと何かを僕に訴えかけているような気がした。

「まもなく大橋でございます」運転手のアナウンスが入る。
「私ここでおります。傘ありがとうございました。おかげで濡れずに済みました」顔をにっこりとさせ、そう言った。
「よかったです」
「またどこかで」
彼女はその一言だけ残してバスをあとにした。
僕はその言葉に違和感を覚える。なぜ初対面の彼女がそう発言したのか。まったく検討もつかなかった。
そして彼女の名前さえも知らないのである。