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ぎゅっと自転車に縛りつけて
いつもと同じ見慣れた我が家のはずなのに、妙にがらんとしている。壁が遠いし天井が高い。何もしていないのに、部屋が広くなるなんてお得だな。
「はー……」
椅子の背もたれにどっかりと寄りかかって、大きく息を吐いた。最近急に低くなってきたおれの声が、まるでおっさんみたいな溜め息を響かせる。ぼーっと眺める視線の先には、つい五分前まで人ばっかりで狭苦しかった我が家のリビングダイニングが広がっていた。
ソファーやダイニングテーブルの配置をちょっと変えて、普段使わないちゃぶ台(ローテーブルなんて小洒落たものは、わが家には無いのだ!)まで引っ張り出してきて、邪魔になりそうな家具や小物は、おれや母さんの部屋に押し込んで、なんとか作り上げた即席のパーティールーム。
あいつや皆と一緒にはしゃいでいたときはむしろ狭苦しいくらいだったのに、今ではびっくりするくらい広く感じて、なんだか力が抜けてしまう。
パーティーは終わった。あいつは、今夜この街を離れるのだ。
「なんだっけ。燃え尽き症候群?」
「小学生がおっさんみたいなこと言わないでよ……」
テーブルの上の皿を集める母さんが、呆れた顔でおれを見ていた。
「疲れただけでしょ。あんなにはしゃいでたんだから」
「……あいつほどじゃないって」
ぐっと腹に力を入れて、渾身の力で体を背もたれから引きはがす。重い腕を持ち上げて、その場で大きく伸びをした。空気まで、いつもより粘っこい気がする。
「手伝う」
「んー? 片付けなら母さんがやっとくから、休んでていいわよ?」
「いいよ。そんなに疲れちゃいないし」
そりゃまあ、おれも散々はしゃぎまわってたし、多少疲れているのは間違いない。だけど、動けなくなるほどじゃないし、どちらかと言えば精神的なものだったから……何かしていた方が、気が楽になると思った。
手近なコップを掴む。選んだわけではないけど、それはあいつが使っていた物だった。コーラの泡が、底の方に微かに残っている。
「行っちゃったわねぇ、あやちゃん」
「……うん」
あいつを誘ってからパーティーが始まるまでの間は、最後になんて言おうかとか、いっそのこと告白してしまおうかとか、それはもう夜も眠れないくらい色々と考えていた。けれども結局、今日おれは何も言い出せなかった。何も言えないまま、あっさりと最後のさよならを済ませてしまっていた。
心残りが無いって言えば嘘になる。むしろ心残りばっかりだ。けれど、湿っぽいのはおれもあいつも嫌いだったから、なんだかモヤモヤはするけど、きっとこれで正解だと思うんだ。
「あんた、本当に言わなくて良かったの?」
だってのに、母さんはこころなしか普段よりも穏やかな表情で、そんなふうに言ってくる。「何を」とまで言わないのは、きっと母さんなりの優しさのなのだろうけれど、それがちょっとだけ鬱陶しくて、おれの声に少しだけトゲを生やさせた。
「……何がさ?」
「んー……言っていいの?」
こういう言い方、やっぱり大人ってずるいと思う。
「……言わないで。わかってるから」
きっと、おれがこう答えるのもわかってたんだろうな。
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