<3・ユウカイ。Ⅱ>

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 言いたいことは、なんとなく分かる。ただ、自分が何かに希望を持ったことなど、一体いつだったかと思えるほど昔であるというだけだ。  子供の頃は、こんな自分にもキラキラした夢があったような気がするのである。政治家になるぞ!なんてカッコつけた気もする。野球選手になりたい、なんて不相応なことを唱えた気もする。そんな自分を、両親は笑顔で見守っていてくれたような気もする。  いつからだろう。どこで、自分の人生は歯車が狂ってしまったのだろう。  もうこんな年になってしまって、まともな仕事ひとつできなくて、犯罪とわかっていながらカルト教団に手を貸して。その罪悪感よりも、自分が犯罪者になって捕まることの方が嫌だなんて思ってしまう、そんな自分は。 ――けっ……今更、何かを悔やむような性格じゃないだろうが、俺はよ。 「……おじいさん」  長い沈黙に、彼女は何を思ったのか。彼女はちらり、と部屋の奥を見て言った。 「水道、使えますよね?シャワー借りてもいいですか」 「はあ?」 「汗かいちゃったんです。いいでしょ?」 「……お前なあ」  楽天的すぎるだろ、と流石に呆れてしまった。自分を殺すかもしれない男の家で裸になるだろうか、普通。やっぱりどれほど大人ぶっていても子供ということか。時分としては、彼女を気絶させてふんじばるチャンスと言えばそうなのだが――いや、正直彼女が何か抵抗したところで、力の差は歴然であるし、特に問題なくぶっ飛ばせてしまうだろうが。 「……そこの奥だ。シャンプーとかリンスとか、あんま使うんじゃねえぞ。金ねえんだからな」  それでも許可を出したのは。彼女がシャワーを浴びている隙に、教団に電話をかけてしまえばいいと思ったからに他ならない。こんなお気楽で綺麗な幼女を、あんな意味不明な教団に差し出すのが本当に正しいのか、とちらりと思わなくもなかったが。  多少の同情や罪悪感で、腹は膨れない。どれだけ忌々しくても、今更自分の生き方なんぞ変えられないのだ。 「ありがとうございます。ちょっと浴びさせて頂きますね」  彼女は立ち上がると、とことことバスルームの方へ向かった。汚いワンルームだ。バスルームとトイレ、洗面所は完全に一体化している。あまり掃除も頻繁にしていないし、あんな小さな子が入りたがるタイプのお風呂とは到底思えないのだが。 「ああ、そうだ、宇治沢耕平さん」  風呂場のドアに手をかけたところで、彼女は振り返った。 「人の過去は変えられないけれど、未来は変えられる。人は人間にも悪魔にも天使にも神にも、一度の決意だけで転じることができる。選ぶのは一瞬、されど爪痕は死ぬまで残る」 「あ?」 「私の持論です。選ぶのは、貴方ですよ」  一体、何が言いたいのだろう。まだ踏みとどまれる、とでも彼女は伝えたかったのか。  彼女がバタンとドアを閉めたところで、耕平は深く深くため息をついたのだった。 「……くだらねえ」  感想はそれだけだ。  人生が、そんな単純なものだったなら。自分だってここまで堕ちてなどいないのだから。
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