<1・序曲>

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 便箋の隙間から、一枚の写真が出てきた。そこには笑みを浮かべた長い黒髪に金眼の美貌の青年と、その隣でちょっとしかめっ面をしている丸顔にボブカットの少女の姿がある。この少女が、西垣由羅だろう。彼女の顔だけ妙に近い。しかめっつらなのは多分、カメラを調整中にうっかりシャッターを切ってしまったからだと思われる。もっと良い写真送って来いよ、と呆れてしまった。  しかも、彼らが何処で写真を撮ったかなんてクイズにもなっていない。彼等の背景には、真っ青な空によく映えた富士山がくっきりと映っているのだから。富士山県と言えば、静岡か山梨だろう。富士山の様子だけではどっちの県から撮ったのか見分けがつかない、なんて言ったら両県の住人に怒られそうだが。 『危ない神を召喚しようとしているのか、それともそういう妄想を抱いて金を巻き上げているだけのテロリストか。そういう組織の噂がある場所を、あちこち旅をしながら回ってみようということになったのです。私の仕事もあるし、金銭面の都合もあるので、あまり長期間というわけにはいかないんですけどね。いやあ、二人旅なんか前の上司に引きずり回された時以来楽しみです!』  トラブルメーカーが、日本各地にトラブルを振り撒きに回ったのか。なんともはた迷惑な、と思ったが――よくよく考えればこの男は、自宅にいてなおトラブルの方が寄ってくる体質だったので関係ないな、と思った。さらには本人がもう開き直って、そのトラブルを引っ掻きまわして楽しむようになってしまっているから収集がつかないのである。  今度は何をやらかしてくれたのやら。そう思うと、もう一枚写真が出てくる。随分と人通りの多いところのようだ。派手なおばさん達が談笑する横で、たこ焼きを買う由羅の様子が映っている。これはひょっとしたらひょっとしなくても、大阪の風景だろうか。 『じゃあ、最初のエピソードを語りましょう。大阪に旅行に行った時に、いきなり遭遇したとんでもない事件です。それを狙っていたといえば、狙っていたんですけどね。……最近道頓堀付近で、誘拐事件が頻発しているという噂を聞いて飛んでいったわけですから』  そして、黒須澪という名の友人は手紙の上で、とんでもない物語を語り出すのである。  退屈しのぎを通り越し、もはや惨劇としか呼べないような内容を、嬉々として。
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